点を紡いでいく伝統〜創作ぞうり店の挑戦

武蔵野美術大学

点を紡いでいく伝統〜創作ぞうり店の挑戦

PEOPLEこの人に取材しました!

伊藤実さん

染の創作ぞうり 四谷三栄の3代目店主

2018年のLEXUS NEW TAKUMI PROJECTにて、ハイヒール型草履「ZORI貞奴」をデザインした伊藤実さん。洋装にも合わせられる画期的なデザインの草履は、日本に限らず海外でも愛されている。伝統技術を継承しつつ、柔軟な挑戦をしていく伊藤さんに、「伝統と革新の境界」というテーマでお話を伺いました。

私の仕事 

まず草履の基本的な考え方を説明しますね。一般的に、正装である着物と合わせて白い足袋で履くものが草履になります。草履の色に関して、成人式などおめでたい場では赤や金、普段使いでは基本的に白などおとなしい色味になりますが、土台の高さは履く方の好みによります 

草履をお買い上げいただくときは、まず店頭で土台と鼻緒を選んでもらうんです。そして私がお客様の足に対して何センチですかっていうのを聞いて、鼻緒をすげる(土台につける)という作業をします。その人の足の形がその寸法になるので、それに合わせて鼻緒を調整する。甲が高いとか、幅が広いとか、その人に合わせた形に全部調整できるのが、草履のよさでもあります。草履作りは分業制ですから、土台の中身のコルクを作る職人もいますし、表面に巻かれる革を染めてるだけの職人もいます。その中で、デザインと鼻緒をすげるという、最初と最後が私の仕事になってますね。 

普通の草履でも形はちょっとずつ違っています。基本的な作るベースは変わらず見た感じをアレンジしています。履き心地の良さっていうのも、ミリ単位での工夫が加わっています。ただ重ねてるだけじゃなくて履き心地を良くした形のもので作っているんです。 

基本的に、自分の目の届く範囲の中でしようとしなさいってことを初代のおじいさんに言われていました。届かないところにものが行ってしまうと、どのようになっているかわかんなくなっちゃうから。売りっぱなしの状態じゃなくて、アフターケアまでちゃんとできる形っていうのが四谷三栄のモットーとしている部分なので、その辺のベースというのは変わらない。今は、SNSで色んな人が情報を発信できるから、それに特化していると、実物のものよりもネットの画面上で決着しちゃうところがありますよね。私としては、できるだけ現地に来て、履き心地を実感していただいて、「あ〜」って一言が欲しいです。 

鼻緒をすげているところ

選ぶ楽しさ 

私は大学を卒業する年に、初代店主である祖父の勧めで草履屋の世界に入ることを決めました。その頃から職人さんというよりは、どちらかというとデザインをしたい気持ちがありました。鼻緒や土台自体のデザインも考えるんですけど、基本的に草履屋は完成品だけを販売するのではなく、お客さまと相談しながら土台と鼻緒の組み合わせを選ぶというのが仕事で、それがすごく楽しみなんです。洋服におけるネクタイ選びのように、シャツの方が土台で、ネクタイの方が鼻緒のような感覚で、自分がすすめた配色に対してお客様が「やっぱいいわね。」って喜ばれた時が一番良いですね。そういうコーディネートが好きな気持ちが、ものづくりの発想に繋がっているかなとは思います。 

今はもう一つの仕事として、婦人画報さんから出版されている『美しいキモノ』という着物専門誌で、モデルさんが履く草履を毎号コーディネートさせていただいています。

ZORI貞奴

「ZORI貞奴」は、「 LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 」という企画に応募した時、私がデザインした新しいタイプのハイヒール型の草履です。足の指と指の間が痛いっていう方は結構多いと思うんですけど、貞奴はちょうど足首の甲のところでストラップがとまるので、前が痛くなりにくい形のものになります。貞奴は高さがあって安定感がないような気がするんですけど、意外に傾斜が計算されて安定しているので、履くと結構みんな驚きますね。 

私がいいだろうなって思うカラーバリエーションでデザインをしました。白の貞奴ですと春夏らしい感じになりますね。黒の貞奴になったらもう秋。貞奴で最初に作ったのは黒のほうなんですけど、それの白バージョンがあっても綺麗かなと思ったので作ってみたりしました。それから革の色見本帳から配色して、レインボーのものを作ったっていう形になりますね。舞台関係とか芸能関係の方もお履きになられていて、冨永愛さんや夏木マリさんにもお選びいただいて、オーダーで作りました。 

貞奴は今までの全部の知恵をヒントにして、自分たちにできる技術を応用して作っている形になります。例えば、貞奴の鼻緒の編み方は七五三の時に履くぽっくりからきています。婦人靴を見に行ったり、インスタを見ていると色んな靴があったり、日常生活でいろんなものを意識的に見ている感じです。 

多様な履き方 

日本では、足袋を履いてから草履を履くと思うんですけど、海外に足袋ってあんまりないんです。裸足で履きますから、訳すと大体zori sandalで認識されている形になります。草履っていうのは本来はかかとをちょっと出して履くものなんですね。あんまり足が中に入っていると、ゆるくて着物の裾を踏んづけちゃうので、かかとを出して履いてくださいっていうのが基本的な草履の履き方になります。でも、海外の方って草履の履き方が全然日本と認識が違うので、それだと、ちっちゃい、足が入らない草履だと思われちゃうんですね。なので、海外の方には靴のサイズを聞いて足の木型をとってもらったものをメールでやり取りして、本人ののぞむジャストサイズになるべく近いようなものでお送りしましたその草履のサイズは非常に苦労した部分ではありますね。 

草履はあくまでも着物と帯とのバランスを取って合わせるというのが基本的な考え方だと捉えていますが、貞奴をオーダーしたフランス人の方は、足元から洋服や帽子を選ぶという逆の発想でドレスアップしてくれていました。 

色んな形で着物もアレンジして洋風なドレスアップしたりとか、みんな少し変化してる中で、足元も変えられたらいいなって思っています。素足で履いてもらうっていうのもいいですし、ソックスで履いていただいてもよろしいですし、そういう部分では普通の白い足袋を履くっていうよりも、洋装で履けるような感じの雰囲気にしたらいいんじゃないかなというところはありますね。 

職人同士の二人三脚 

貞奴も、あの形で構想ができあがったときは、比較的デザイン性を重視して作っていました。だから土台の方は最終的に、コルクを削る職人さんと相談しながら、この傾斜の方が履きやすいよっていうところで収まりました。土台の重ねの部分のヒントっていうのは、職人さんからアドバイスを頂いています。やっぱり自分の理想だけで作っていっちゃうと、もっと背が高くなったり、傾斜がキツくなったりと、履きにくいものになってしまうので。ある程度自分で考えて、そしてその部分でプロの職人さんに聞くと、ちゃんと答えが返ってくる。それで、あ、なるほどなじゃあこうしてくださいっていうところで収まっていきます。 

鼻緒の形を最初に提案した時にも「こんなの見たことない」と言われましたよ。それでも、こういうふうに鼻緒をよってくれ、とお願いしたり相談ができるのは、何万本も作っている職人だからこそですね。 

ですが、分業制でやっているということは、どこかが後継がいないなどで途切れてしまうと、全てがまわらなくなってしまいます。ですから、途切れないような形を構築していかなければいけないですね。 

草履の土台のコルク

繋がっていく伝統 

よく伝統と革新とかいいますよね。それをテーマに伝えていく方が多いですけど、自分は普通に草履を作るのも伝統を一つ飛び越えてみるのも、あくまで一つの通過点だと思っています。今さっき話した分業制みたいに、コルクを作る、革を作るっていう人たちの点の部分が一つの線に繋がっていて、その点がいくつかあることによって物ができているんですよね。その先もどういう点が来るかわかんないんですけど、また線になっていく。それが繋がっていくのが伝統っていうものじゃないのかなって、私はそういう理解をしているんですよね。 

点が降ってくるかもしれませんし、そうしたらそっちに行くような、常に何か点を作っていくっていう部分を意識していますかね。敢えて斬新なものを作って、っていうのもまた一つの点ですし、また根本的な草履を作っていくっていうのも一つですし。点を作っていって、それが繋がった線が面白い形に見える考えているのはそういう形です。 

(インタビュー:2023年6月)

Related Articles関連記事

境界
神道~古今東西の融合と未来~

境界

神道~古今東西の融合と未来~

神主
ウィルチコ・フローリアンさん

来日して日本の伝統文化に魅せられ、外国人として初の神主になられたウィルチコ・フローリアンさんに、国や文化の「境界」を越えてお仕事をされる中、そこからどんな世界が見えるのか、また日本と神道の未来について、どのような思いを持たれているのかについ…(続きを見る)

私たちが
取材しました

京都教育大学

京都教育大学

「女性」の働きやすさから「みんな」の働きやすさへ 〜swfiの映画業界変革〜

境界

「女性」の働きやすさから「みんな」の働きやすさへ 〜swfiの映画業界変革〜

SAORIさん(swfi 代表)、畦原 友里さん(swfi 副代表)

映画業界で働いている女性は悩みや問題点が多く、特に出産という人生の節目を経験し、仕事に復帰することが難しくなっています。そのため、私たちが注目したのは「映画業界の夢と現実」「職場と家庭」などの境界、あるいは壁のようなものであり、その境界を超…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

マガジンをつくるということは、まだ見たい世界があるということ

境界

マガジンをつくるということは、まだ見たい世界があるということ

クリエイティブディレクター
haru.さん

私たちは人生の節目や仕事での人間関係、他者との対話など日常のなかにさまざまな境界を見出しました。その境界を飛び越え自分らしさを体現しつつ、それらを受け取る私たちが昨日よりも自分らしく生きて行けるようなエッセンスを与えてくださるharu.さん…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

記憶と生活の儚さを描く

境界

記憶と生活の儚さを描く

アーティスト
大川心平(おおかわしんぺい)さん

油画作品を中心にアーティストとして活動されている大川心平さんに、「時間」や「人の影」を感じる独自の表現と、制作に対する想い、またその作品世界が現実社会の中でどのように存在していて、その「境界」は何なのか、お聞きしました。 …(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

「自分が欲しいもの」を信じること

境界

「自分が欲しいもの」を信じること

デザイナー、株式会社torinoko代表
小山 裕介さん

私たちがお話を伺ったのはデザイナーの小山裕介さんです。小山さんは京都出身で、京都の短期大学を卒業したのち、武蔵野美術大学の工芸工業デザイン学科に編入しました。その後玩具メーカーや無印良品で商品企画・デザイン業務を経験しています。現在は株式会…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

ユニバーサルデザインの挑戦~誰もが暮らしやすい社会をめざして~

境界

ユニバーサルデザインの挑戦~誰もが暮らしやすい社会をめざして~

株式会社 武者デザインプロジェクト代表取締役
武者廣平さん

誰にでも使いやすく安全で美しい形態にまとめるユニバーサルデザイン。そのユニバーサルデザインを工業デザイナーとして実践している武者さん。特に近年はカラーユニバーサルデザインの推進に力を入れ、色弱者の支援や視覚情報の適正化・共有化を図っている。…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

畳からバッグ!?

境界

畳からバッグ!?

畳職人
青柳健太郎さん

地元の畳替えから、首相私邸の畳の制作まで手掛ける青柳畳店4代目の青柳健太郎さん。その作品制作活動の中、何よりも注目を浴びているのは、彼が作る畳を使ったオリジナルプロダクトだ。イギリスのキャサリン妃や、アメリカのミシェル・オバマ大統領夫人に畳…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

仏教のアップデート

境界

仏教のアップデート

煩悩クリエイター
稲田ズイキさん

仏教に付きまとう固いイメージ。僧侶の稲田ズイキさんは、そんな固定観念の境界を乗り越え、現代人にも分かりやすい形で仏教のイメージを刷新しています。時にはマンガを使って物語を創作し、はたまた映画をつくって、良いところは継承しつつ、仏教の固定観念…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

社会と人を繋ぐデザインの「新しい価値」

境界

社会と人を繋ぐデザインの「新しい価値」

デザイナー
若杉浩一さん

2019年、武蔵野美術大学に新しく創設された、クリエイティブイノベーション学科。新学科の教授として赴任してきた若杉さんは、デザインの「新しい価値づくり」をテーマに、新学科創設に携わり、現在、武蔵野美術大学と無印良品が提携する新しいプロジェク…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

和の庭を取り戻す

境界

和の庭を取り戻す

庭師
村雨辰剛(むらさめたつまさ)さん

スウェーデン生まれ、スウェーデン育ちの庭師。メディア、SNSに多大なる影響力を持つ。母国とはなるべく違う環境と文化の中で生活してみたいという気持ちがきっかけで日本に興味を抱く。23歳の時にもっと日本古来の文化に関わって仕事がしたいと思い、造…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

カンボジア人であり、日本人でもある私

境界

カンボジア人であり、日本人でもある私

役者兼カンボジア料理屋家族経営
諏訪井セディモニカさん

日本生まれ日本育ちの彼女はカンボジア人の両親を持つ純カンボジア人。母が営む料理店を手伝うかたわら、役者としても活躍するパワフルな一児の母。日本とカンボジアの境界で今まさに活動されている彼女に、カンボジア料理のことや彼女にとっての日本、そして…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

フランス人の落語パフォーマー!?

境界

フランス人の落語パフォーマー!?

落語パフォーマー
シリル・コピーニさん

落語パフォーマーとして活躍されているシリル・コピーニさん。シリルさんは、いつ日本文化と出会い、なぜ日本の伝統芸能である落語に興味を持ったのだろうか。また、フランス人でありながら日本文化に精通しているシリルさんが実際に感じている日本人とフラン…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学