少し変わった日本人、ロンドンで自分の世界を広げていく

少し変わった日本人、ロンドンで自分の世界を広げていく

PEOPLEこの人に取材しました!

吉荒夕記さん

「ArtLouge」の主宰

博物館学の分野について、イギリスは世界で最も蓄積のある国だといえます。この国では、博物館や美術館は「国民のもの」であると考えられています。吉荒夕記さんはミュゼオロジー(博物館学)を深く勉強するため、40代初めにイギリスへの留学を決めました。その後、ストリートアートに関心を持ち、2019年秋、現代アーティストのバンクシーに関する著書『バンクシー:壊れかけた世界に愛を』を上梓。
2012年から現在まで、芸術に関する書籍を出版し、ArtLouge*を通じて、日英の文化交流をサポートするなど、様々な活動に携わっています。そこでイギリスでの暮らし、移住の魅力についてお話を伺いました。

*ArtLouge:イギリスへの文化的な旅づくりへの支援、ミュージアム関係専門家への調査サービス、イギリス進出を希望するクリエイティブ産業の法人や個人へのサポートなど、日英の文化交流を支援している。

「博物館」を学ぶために、ロンドンに足を踏み入れた

Q:現在イギリスに住んでいらっしゃいますが、イギリスに行こうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

留学です。40代の初めに。留学というタイミングでは遅いですよね。それまで博物館で仕事をしていましたが、もっとその分野の勉強がしたくてイギリスの大学院に留学しました。単純にミュゼオロジーを勉強したかったです。それを本格的に勉強できる大学が日本にはありません。イギリスに行きたかったというより、やりたい学問が先です。アメリカもとりあえず考えてみましたけど、イギリスはミュゼオロジーについてより深い歴史があるので、最終的にはイギリスになりました。

Q:日本のミュゼオロジーや、美術館のあり方はどのように見えていらっしゃいますか?

ミュージアムの発祥はヨーロッパです。日本は明治以降にその考え方を導入しました。それ以前にも日本にはそれと似たようなものがありました。例えば寺社仏閣であったり、京都の祇園祭であったりも同じような役割をしています。しかし、ミュージアムの歴史に関してはヨーロッパが圧倒的で、社会に根付いています。それはイギリスではすべての公的ミュージアムが入場無料であることにも現れています。一度イギリスの経済が停滞した際に入場料を取ろうとした時期がありましたが、国民の反発があり、なくなりました。それからわかるように、イギリス国民にはミュージアムというものが自分たちのものであるという意識が強いです。

日本のミュージアムというのは、見せてもらっているという側面が強く、客を集めればいいという考え方がいまだに強いです。それではミュージアムの体験の質が下がってしまいます。それでは国民の生活に根付いていくことは難しいです。自分が親になった時に子どもを美術館に連れて行きたいというふうには思いませんよね?

イギリスでは赤ちゃんの時からみんなが子どもを美術館に連れて行っています。残念ながら、日本では、そのような「美術館を楽しむ」という土台がまだ形成されていません。日本でも、大きな展示会をして有名な作品を集めて集客に成功することがありましたが、果たしてそれが成功なのでしょうか。もちろん、日本でもミュージアムを社会に根付かせようとしている活動も広がっていますが、まだまだというふうに、こちらからは見えます。

人と共に息づくストリートアート

Q:ストリートアートに強い関心を持たれたきっかけは何ですか?

私がストリートアートに関心を持ち始めたのは、イギリスでミュゼオロジーの勉強をしている最中でした。イギリスやヨーロッパのミュージアムがいかに人々と一緒に接しているかを先ほど言いましたが、それでもミュージアムに行く人はやはり限られています。ロンドンは市民の半分以上が移民である多文化社会です。私は、今イーストロンドンに住んでいますが、その辺は本当に移民が多いわけです。彼らは美術館に行かないですね。

でも、ストリートアートはそのような街の中にあります。美術館に行かない人達でも街を歩けば、そこに表現があって、見ることができます。そういう街やその街に住んでいる人と一緒に生きていることがストリートアートです。それがとても新鮮で、どんどんストリートアートをオタクのように探すようになりました。

実は、数年前からストリートアートについて書きたいと思っていました。しかし、なかなか日本ではストリートアートという表現が根付いていないし、読者が掴めない時でした。そこで、バンクシーだけにフォーカスすればいいのではないか、と思いました。ちょうどバンクシーの展覧会が日本で始まりましたし、日本のバンクシーへの関心が高まったタイミングで、『バンクシー-壊れかけた世界に愛を』を出版しました。

ストリートアートの前で

ロンドンに自分の事業を起こす

Q:ArtLouge をイギリスのロンドンで創設されたきっかけは何ですか。

最初に言ったように40代で留学して、博士課程が終わったのがもう40代の後半でした。それから博物館や大学に就職したいと思い、何回もチャレンジしてみましたが、うまくいかなかったです。そこで、それなら自分で事業を起こそうと思いました。それで、今やっていることを始めるようになりました。おかげさまで、とりあえず生活はできています。

Q:芸術法人のサポートや旅行のガイドなど、様々な業界の人と付き合うために吉荒さんが磨いた心構えや姿勢は何ですか。

個人の事業を運営する場合、やはり重要なのは、他の同じような仕事をしている人とネットワークを作ることだと思っています。しかし、その中でも大切にしたいのは、「自分はどのような旅をサポートしたいのか」です。だから、同じような考え方をしている人たちとネットワークを作ることが重要で、そういうふうにアプローチしています。旅にしても、他の事業にしても、なるべく自分が本当にやりたいことから大きく離れないようにしています。

ストリートアートの説明をする吉荒さん

少し変わった人間でも、それでいいじゃない

Q:吉荒さんが移住してからほぼ20年経ったと思いますが、移住する前と、移住した今で吉荒さんが変化したこと、成長したことはありますか?

私は、より私らしくなりました。少し変わった人間で、子どもの頃からそれはわかってはいました。わりとマイペースはマイペースだったんですが、やっぱり何か違うと他人から思われていると、なんとなく日本社会の中で感じていたのですが、イギリスに来ると、もう他の人もみんな変わっているわけですね。私だっていいじゃんという感じになれます。それは楽です。もちろんこっちの社会のルールと日本の社会のルールは違うところがいっぱいあって、それは暮らしながら学び取っていくことだけど。大変寛容な社会だと思います。

Q:うまく行かない時にメンタル的な部分はどういうふうに切り替えていきますか?

元気そうに見えていても、メンタル的に落ち込んだことが何度もありました。でも、どん底にいる時はそのまま、その時の自分のことを日記に書きました。「書く」行為で自分自身を見返す作業を自然にやりました。そうするうちに、次の方法に手を出すことができたのかもしれません。しかし、移住して私が私を得られたことの方が大きいので大丈夫です。

未来へ向かう

Q:これから新しく挑戦してみたい仕事はありますか?

できればもう一回本を書きたいですが、出版は、今非常に厳しい状態なので様子を見ながら進めようと思っています。そしてYouTubeを始めました。自分が得意な分野の、バンクシーとか、ストリートアートに触れています。

バンクシーの作品もストリートアートもみんなそうだけど、街に生きる芸術ですね。展覧会の壁にかかるような作品じゃないです。なので、せっかくバンクシーに興味を持ってくださっている人たちに、その辺を伝えられるのがYouTubeだと思っています。

Q:これからの未来図はありますか?

このコロナ禍の状況で、だれもが未来図を模索しているでしょうね。社会はどう変わるだろうとか、旅はどう変わるだろうとか、自分の就職はどうなるだろうとかについて。でもその時に先がなかなか見えないのが悲しいところです。せいぜい5年先くらいのことしか思い浮かばないと思います。

先のYouTubeもそうだけど、わたしの場合、やりながら、模索しながら、歩きながら、書きながらなので、最初に詳しいプランがあるわけじゃないです。一応あるはあるんだけど、私は、書きながら整理できていくタイプです。自分のタイプがわかっているから、他のことにおいても、悩みながら何もできないよりは、見えないながら少しずつ自分で体を動かしていきたいです。

Q:イギリス、ロンドンに移住したい人に何か伝えたいアドバイスやメッセージはありますか?

来てください。自分で歩いて、肌で感じてください。直接行って見るのは、本とか、YouTubeとか、テレビとか、映像とか、インターネットで見ているのと全然違います。自分が見ようとするその場所に身をおかないと、そこに住む人たちに出会わないと、見えてきません。そういう意味で言うと、なるべくそのままの状態でここに来て、その時間を大事にして欲しいと思います。

(インタビュー:2020年6月)

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