つなげる教育、つながる幸せ

つなげる教育、つながる幸せ

PEOPLEこの人に取材しました!

荻野雅由さん

ニュージーランド・カンタベリー大学人文学部日本語プログラム、Lecturer

日本で英語教師のキャリアを経て、現在ニュージーランドで日本語教師として教壇に立たれている荻野雅由さん。荻野さんはなぜ移住という選択をされたのか。海外移住の決断や日本語教育への信念を伺いました。

〈プロフィール〉
公立高校の英語教員を経て1999年にニュージーランドに移住し、高校で日本語を教える。2011年よりクライストチャーチの大学で日本語の指導と研究を行う。
ニュージーランド・カンタベリー大学人文学部日本語プログラム、Lecturer
ニュージーランド日本研究学会(JSANZ)副会長。
National Tertiary Teaching Excellence Award を受賞。

言語教育との出会い

Q:なぜ最初に英語教師になられたのでしょうか?

英語が好きだったからです。そして英語を教えることを通して、若い人たちの世界を広げるお手伝いができればと思い英語教師になりました。

Q:日本の英語教師から海外での日本語教師を目指すようになったきっかけを教えてください。

1994年にREXプログラムという当時の文部省のプロジェクトで日本語教師としてニュージーランドの高校に派遣されました。そこで自分が経験してきたものとまったく違う、すばらしい言語教育に遭遇し、言葉を教える本来の教育をしたいと思いました。それが日本語教師を目指すきっかけとなりました。

Q:日本とニュージーランドの言語教育の違いはどこにありますか?

日本の高校では受験英語、つまり生徒の進路実現が一番大切なことだと思い教壇に立っていました。ですがニュージーランドは高校や大学の入学試験のない国でした。日本では受験科目としても英語は重要ですが、ニュージーランドの学校教育では日本語は重要な科目ではないのです。そういった中で日本語に興味を持ってもらうためには本当の言葉の魅力、あるいは文化の魅力を前面に出していかないと生徒達は勉強してくれません。つまり、生徒達自身に「面白いな」と心から興味を持ってもらわなければ授業が成り立たないのです。そのために学習者主体の授業構成をしていく必要がありました。

大学で日本語を教える荻野さん

「幸せ」につながる教育とは

Q:言語教育を行うにあたって、壁にぶつかることはありますか?

教員として壁を感じる時は多くあります。私の経験で言うとREXプログラムでニュージーランドに派遣された際、私には日本で5年のキャリアがありましたが、その教職経験がニュージーランドでは通用しなかったことです。日本と海外の教育方法にギャップを感じショックを受けました。また、REXプログラムから帰ってきた後も派遣される以前と同じような方法を使い日本で英語を教えてしまっている自分に気づいた時にショックを感じました。

Q:教育者としての信念を教えてください。

壁にぶつかった経験を通して派遣される前、派遣された後、移住してきた時、そして現在にわたって、抱く信念が変わってきました。現在の信念のコアにあるものは「幸せ」です。 迷ったときにはそれが人の「幸せ」につながるか、自分の「幸せ」につながるかを考えながら教育を行なっています。

Q:ご自身の強みは何だと思いますか?

強みの自覚はとても大切なことだと思います。私自身、心理学の診断を受ける機会があり、その際自分の強みはビジョンを描く力だと分かりました。以前は意識してはいなかったのですが「未来のビジョンを描いてそれを実現する。そういった力が自分にはある」また「これまでも1人では実現できないことであっても周りのサポートがあって実現することができていた」と意識ができるようになりました。それからは自分の強みであるビジョンを描く力を客観的にみて、活かせるように意識しています。

Q:実際、強み(ビジョンを描く力)をどのような機会で活かしていますか? また、その強みで実現することができたことを教えてください。

私は強みを教育の現場で活かしています。一般的に学びは技術や知識を習得することであるという考えがありますが、私は「学びは人と人、人とモノ、人とコトとの間に埋め込まれている」という教育観を大切にしています。そのため「つながりを重視した教育」を目指し、その実現の第一歩としてコミュニティを創出する教育を実践してきました。例えば、初級クラスと中級クラスで日本語を使った活動や学習方法などについて対話を行う「先輩-後輩セッション」です。そして、このようなつながりから何が生まれるのか、またつながった先には何があるのかというビジョンを描いた際、つながりの先にはさらなるつながりがあり、エンパワーメントにつながっていくと考えていました。外国人である私が昨年ニュージーランドの大学教員TOP10に選ばれ、National Tertiary Teaching Excellence Award を受賞することができたのは、そういった実践が評価されたからだと考えています。しかし、最近では、本当に大事なのはつながった先に何があるのかということよりも、どのようなつながりをつくりたいのかということだと思うようになりました。そして私は幸せなつながりをつくり、「幸せ」を意識した教育実践をしていきたいと思っています。

National Tertiary Teaching Excellence Award の授賞式で

一歩踏み出す「決断」

Q:移住するにあたって、家族にはどのような影響がありましたか? また移住することに対して抵抗はなかったのですか?

REXプログラムで20ヵ月ニュージーランドに派遣された際、妻と一緒に行きました。その派遣中に子供が生まれたことが1番大きいです。子供が生まれた特別な国だということや土地勘があったこと、友人がいること。だから、ニュージーランドに家族で移住することにまったく抵抗はありませんでした。家族への影響ではなく、自分の話になってしまいますが、移住して家族といる時間がきちんと確保できるようになったことは移住して良かったことです。精神的にゆとりが持てたので、色々なことにチャレンジしてみようという気持ちも強くなりました。

Q:海外に行く機会があったら行った方がいいですか?

行けるなら行った方がいいと思います。実際に自分の目で見て、肌で感じることはとても大切だと思います。でも、必ずしも海外に行く必要はなくて、自分とは違う価値観を持った人とつながること。これは、海外に行ってぼんやり生活するよりも多くのものを得られるかもしれません。そこでのキーワードは「多様性」です。自分とは違う価値観の人と積極的に関わることこそが、重要なのだと思います。

Q:自分とは違う価値観をもつ人と関わる際に、アドバイスはありますか?

幸福学という実証的な研究に基づいた学問がありまして、その研究成果の中で「多様な人との関わり」というのが幸福度の点でとても大切なのです。数が多いことよりも多様な友人を持つことの方が幸福度が高くなる傾向があるそうです。創造性が生まれるきっかけにもなると思います。だから、怖くてもとりあえずやってみることが大切です。そうすることで自分の達成感や幸福度を高めることにもつながるはずだからです。まずは一歩踏み出してみることだと思います。

Q:移住して良かったことはありますか?

1つは先程も話したように、家族との時間をたくさんもてたことです。
それから、ニュージーランドのライフスタイルに気づくと同時に日本という国の素晴らしさ、魅力を再確認することができたことです。日本は伝統、地域性が本当に多様なんです。例えばニュージーランドではどこへ行っても同じような食べ物になりがちなのですが、日本だったらその地域によってまったく違った美味しい食べ物があります。そういった風に日本の魅力を再確認することができました。

カンタベリー大学キャンパスの桜の下で

かけがえのない一瞬を

Q:お話を伺っていて、とても優しく相手をリスペクトしてお話をされているように感じました。どのようなことを大切にして人とお話をされていますか。

感謝の気持ちが大切だと思います。私は皆さんを含めて、関わる人を命として感じるようになりました。命にそれぞれの人の個性が乗っていると捉えていて、かけがえのない命に対して感謝の気持ちで向き合っています。それがもしかしたら、リスペクトと感じることにつながっているのかもしれないです。 命とは限りがあるもの。一番伝えたいことは、自分の感謝や愛しているということを伝えることができるのは、この瞬間しかないということです。私は、この瞬間がありがたく、かけがえのないものだと思って一瞬一瞬を大切に生きていきたいと思っています。

(インタビュー:2020年6月)

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