公益財団法人国際文化フォーラム

好朋友文化体験の場報告

文化にふれる授業実践のための研修

7月に東京で実施した教師研修では「文化の捉え方」について教師自らが体験しながら、授業での実践につなげられるアイディアを考えました。しかし、初めて耳にする内容を聞いたばかりの参加者は、具体的な授業案をつくるには時間が不十分でした。
そこで今回は、そのフォローアップとして、7月の研修に参加した先生方(ハルビン市朝鮮族第一中学、ハルビン市第8中学、大連市第35中学、上海市工商外国語学校、中山市外国語学校、黒龍江省教育学院日本語指導主事、大連市教育学院日本語指導主事)が上海に再集合し、2日間の研修を行いました。講師も7月の研修と同じく、稲原先生と武田先生にお願いし、研修を受けてから学校の現場で感じたことや実践できたことを共有しながら解決をめざしました。

今回の研修前に、参加者から以下の目標があげられました。
・他の先生の実践例を聞いて、真似したり、自分の考えを入れて改善したり出来るようになりたい
・文化を面白く教える方法が知りたい
・楽しく日本語を勉強できる雰囲気をどうやってつくるか知りたい

1日目:悩みをシェア、グループで解決

最初に7月の研修を振り返り、学んだことや感じたこと、実践してみたことをシェアしました。

上海市工商外国語学校の張先生は、7月の研修でやった「文化の3P」を生徒に試したいと、早速9月に行われた日本語科の中秋月のイベントで、「日本の貴族は月見をするとき、水面に映った月を見ることを好みました。なぜでしょう?」と3P(Product, Practice, Perspective)の3つめのPであるPerspective(見方、考え方)を生徒に考えてもらおうと聞いてみました。しかし、そのときの生徒の反応は、「……わかんない」と、自分で考えずにネットで答えを探してしまったそうです。
稲原先生からは、急にPerspectiveを考えてもらうのではなく、まずは考えることに慣れてもらうために、簡単なところから少しずつ導入するといいとの指摘がありました。

まだ文化を取り入れた授業の実践の機会がつくれていない先生も多く、実践する上での問題点と、授業全般で悩んでいることを出し合い、少しでも解決につなげられることを目標に、悩みや相談したいことを書き出し、グループでシェアしました。
授業内容、クラスマネジメント、教材、管理する先生(主任など)の運営面、体験の場の活用と実践、などのグループに分かれました。

授業での悩みをシェア

・授業での活動の取り入れ方がわからない、日本語が面白いと思ってもらうためにはどうしたらいいか
・やる気がない生徒にどう接するか、1クラスの人数が多くてレベル差があるので指導に困る
・日本の情報を取り入れるのが難しく、中国国内からアクセスできる情報で、授業で使えるものが少ない

環境は異なっても似た悩みを持っている先生同士で話をすることで、新しいアイディアが生まれたり、理解しあえるなど、学校の枠を超えたつながりのなかで自分たちで解決策を見出せたグループもありましたが、なかなかいいアイディアが生まれないグループには、講師の武田先生、稲原先生がグループの輪に入り、自分の経験を話されました。

やる気がない生徒への接し方

稲原先生は、やる気がない生徒にどう接したらいいかという多くの先生が悩んでいる問題に、「教師の顔色ひとつで教室は変わる。先生の表情がとても大切で、まずは先生が授業を楽しむことから始めましょう。生徒の興味があるものを授業の導入につかってみるのもオススメです。そのために、普段から生徒とのコミュニケーションが大切ですね」と話され、更に、「先生方が、高校生のときに好きだった教科は何でしたか、なぜですか、その先生はどんな先生でしたか」と一人ひとりに質問し、先生方のなかの教師像がどんなものなのかを考えてもらうことで、教師としてどう接するのが生徒にとっていい影響があるのか、更にはどうすれば日本語を楽しいと思ってもらうことにつながっていくのかを話されました。
毎日たくさんの授業をもっていて忙しい先生方が、できることから少しずつでも始めることができれば、クラスは必ず変わっていく。稲原先生の確信溢れる言葉に、上海の先生方は現実と照らし合わせて不安を感じつつも、できることからやってみようと決意した先生もいらっしゃいました。

体験の場の活用

会場校である上海市工商外国語学校の先生は、体験の場を使ったことがない先生が多かったため、寄贈されたものはどんなものがあるのかを手に取ってみる時間をとりました。どの学校も、授業などで体験の場を使う先生は日本語科の全体に対して半数程度で、担当の学年や状況によって1度も使っていない先生もいることがわかりました。受験を控えた学年の担当の先生にも、体験の場や、体験の場にあるものを使ってもらうにはどうしたらいいかが今後の課題となりました。

「文化」といっても伝統的なものだけではありません。日常にしみこんでいる身近なものもたくさんあります。
武田先生は、その一例として夏休みのラジオ体操のカードを紹介しました。ラジオ体操は、音楽が流れれば日本の多くの人が体を動かすことができ、腕を広げる、回す、曲げるなどの動詞や、上下左右の方向、大きく小さくなどの多くの言葉が入っており、体を動かしながら習った単語を理解することにもつながります。
試験勉強で忙しいときでも、生徒とラジオ体操をしてみたり、「ラジオ体操の歌」(新しい朝が来た、で始まる歌)を日本語で歌ってみたりと、気分を切り替えながら文化にもふれることができます。
この研修でも、休憩時間に先生方と一緒に体操をしてみました。

2日目:読解の授業で文化を取り入れる

教科書を使った授業で、文化を取り入れた形が知りたい、という参加者の声を聞いて、武田先生と稲原先生が考えてくださったのは、日本語の授業で使っている教科書の読解文を使って、そこにある文化要素を取り上げていくなかで、文化にふれてもらい、更に生徒のさまざまな成長を促そうというものでした。

読解文を読む前の導入

まず稲原先生から、教科書の読解文を授業で扱うとき、読む前、読んでいるとき、読み終わったあとの、それぞれの大事なポイントが紹介されました。
読む前は、生徒は、タイトルや先生の話す話から想像、予測します。
読んでいる間は、メモをとったり、文章にハイライトを入れたりしながら、生徒は集中して読んでいきます。
読み終わったあとは、読む前の予測があっていたか、新しい情報は何か、わからない部分があったら、わからないのは文法か、語彙か、内容の知識なのかを考えます。そして読んで考えたことについて生徒間で共有したり発表したりします。
教師はその間、生徒のその活動を必要な範囲でサポートします。
特に読む前の導入のアクティビティが大事で、生徒に「読みたい!」と思ってもらえる話をすること、想像がふくらむような話をすると文章に入りやすいといいます。

実際に使っている教科書の読解文のなかからひとつ選び、その文章を読む前の導入はどんなことを話すと生徒の興味をひきつけられるかを考えました。

例えば、お茶が中国から日本に渡った内容の読解文を選んだ先生は、まず小道具としてお茶を持って教室に入り、生徒に普段お茶を飲むか聞いてみたあと、なぜお茶を好んで飲むのか、と問いかけて、本文を読み始めるという読解前アクティビティを考えました。
講師の稲原先生、武田先生からは、小道具を使うことや、生徒の日常の話題や知っていることをテーマに始めることはとても良いとの話のあとに、歴史にふれることの重要性、また、生徒が関心のある話から引き込むことなど、多くのアイディアが出されました。生徒をそのトピックの世界に引き入れるために、先生はたくさんの引き出しをもっていることが重要だとの話でした。
ただ文法を理解しながら読解文を読ませて終わるのではなく、その文章に入っている文化、その歴史にふれて「なぜ?」と考えること、他国と比べてみることなどの活動で思考力や想像力につながるといいます。さらに、同じトピックの違う読みものにふれると文化の学びがより一層深まるとの稲原先生のアドバイスがありました。

読解文の問題をつくる

次は、『レベル別日本語多読ライブラリー』というレベル別の簡単な日本語で書かれた文章の本を使って、その文章の問題をつくります。
問題をつくる際、読解力を高める問題をつくるためのポイントが紹介されました。
・読まなくてもわかる質問はしない
・話を理解する上でわからないといけないという部分を問題にする
・テストではないので、最後に生徒に考えさせるような問題をつくる

自分の教えている生徒を想像して、レベルを選んでから、それぞれ問題をつくった

読解文は、教科書にもたくさんでてきますが、入試テストでさまざまな形の文章が出題されることを考えても、今後日本語で書かれた文章にふれる機会が増えるであろうことを考えても、教科書以外のさまざまな形の文章にふれる機会をつくり、慣れることが大切です。例えば小説、新聞、説明書なども読解文として扱えます。授業内でも、教科書以外のいろいろな読みものにふれる機会を教師がつくることが大切だと稲原先生は言います。

読解文を読みながら、「なぜ」を考え、日本の文化を考えてみる。更にそこから考えて、作文を書いてみる。考えてから「書く」トレーニングにもつなげることで、広い学びになります。

最後に、稲原先生が授業で大切なことをいくつかお話されました。
・生徒の学びになるのか、将来のためになるのかを考え、すぐに結果がでなくても、4年、5年の長いスパンで考えていくことが大切
・読解文でも、そのトピックを3Pで考えてみることで考える力がつく。考える力は、試験や将来につながっていく
・生徒一人ひとりに合わせた理解方法を見つけてあげることが、自立した学習者を育てることになる

参加者の先生方のこれからの活躍に期待して、講義は終了しました。

同時開催、上海市近郊の日本語教師向け研修

上海市工商外国語学校の先生の希望もあり、半日だけ、フォローアップ研修と同時開催で、上海市とその近郊の学校で日本語を教えている先生を招待して、武田先生を講師に、「文化の捉え方」と文化を授業で扱う際のポイントを紹介し、先生方と一緒に考えてみる研修を実施しました。

参加した上海市近郊の学校の先生方は、好朋友日本文化体験の場を見学し、体験の場にあるものを借りに来られる関係を、上海市工商外国語学校の先生方と構築しました。
初めてその場を見る先生も多く、今後、学校の枠を超えて多くの学習者が使える環境にしていく予定です。

悩みを聞いて寄り添うことの大切さ

これまでの研修は、主催側でテーマと内容を決めて、その活動から学びを得てもらう形でしたが、今回は、先生方のニーズと悩みを先に聞き、それに沿った内容とし、毎日の授業で苦労していることを共有して、参加者と一緒に解決に近づくアイディアを出し合いました。挑戦してみようと思ってくれる参加者も多く、活気のある研修となりました。
外国語教育の新しい理念や方法を学ぶ機会をつくることは大切ですが、現場の先生は、授業が目の前にあって、その上で新しい理念や方法が頭に入り、それを結びつけていきます。参加してくれる先生方の現場に寄り添って共に解決に向かう形が大切だと思いました。すぐに解決できないことや、環境によって変わってしまうこともありますが、「周りの人と話してみたら解決できるんだ」と先生方が思えて、普段から悩みや分からないことを口に出せるようになればこれからの授業のやり方も変わってくると思います。
次は更に、各体験の場を巡回訪問し、その学校の状況にあわせた、悩み解決や体験の場活用方法を共に検討したレポートをお届けします。 

(事業担当:宮川咲)

事業データ

日本語教師フォローアップ研修

期間

2019年10月10日(木)~13日(日)

場所

中国・上海市 上海市工商外国語学校

助成

(公財)三菱UFJ国際財団

会場協力

上海市工商外国語学校

講師

稲原教子(元アメリカンスクールインジャパン教諭)、武田育恵(華南師範大学附属南沙中学日本語教師)

参加者

黒龍江省教育学院日本語指導主事1名、大連市教育学院日本語指導主事1名、上海市工商外国語学校日本語教師3名、大連市第35中学日本語教師1名、中山市外国語学校日本語教師2名、ハルビン市第8中学日本語教師1名、ハルビン市朝鮮族第一中学校日本語教師1名、計10名