ベリーサキモト!

カンタベリー大学

ベリーサキモト!

PEOPLEこの人に取材しました!

清水聖二さん

シェフ・事業主

ニュージーランドのクライストチャーチにある日本食のレストラン「さきもと」を経営する清水聖二さんに、ニュージーランドへの移住、自分のレストランを始めた経緯について伺いました。

ニュージーランドへ移住・バックグラウンド

Q:日本のどこから来ましたか。

日本の神奈川県の横浜から来ました。東京のすぐ近くですね。

Q:いつニュージーランドに移住しましたか。

2000年、27歳のときに、ワーキングホリデーで初めてニュージーランドに来ました。あまり勉強しないで来たので、もっといたいと思いました。

Q:ニュージーランドに来る前は英語が話せましたか?

全く話せなかったですね。中学校の時に英語の基礎の授業の時に風邪を引いて、休んでしまいました。それ以来、本当に苦手だったんです。

Q:なぜクライストチャーチを選びましたか?

前からずっと外国には行きたいと思ってたんですけど、長い期間生活をしようと思った時に、どこを選んだらいいかわからなかったんです。日本とニュージーランドは同じような感じですが、横浜とクライストチャーチも同じような感じの場所なんですよ。海も近くて僕の横浜の家も海の近かったので、ここからスタートするのにいいと思いました。それでクライストチャーチに決めました。

Q:移住する前のニュージーランドの印象はどうでしたか?

とにかく何も知りませんでした。僕の海外のイメージはロサンゼルスだったので、飛行機の上から見た時は、随分小さいなと感じました。飛行機を降りても日本の車がいっぱいあったり、道路の幅も日本よりちょっと広い程度でびっくりしました。アメリカはもっと広いですからね。

Q:今、その印象は変わりましたか?

随分変わりましたね。でもとてもいい所だと思います。地震があったこともあり、何回もお店の場所を引っ越したんですが、何年住んでも少しずつ変化があって、とても素敵な所だと思います。

Q:さきもとはいつオープンしましたか?

2003年だったと思います。ワーキングホリデーで来ている間にレストランでお仕事をいただいたんです。そこは、2年くらい勤めたら閉店してしまったので、次の所でお仕事をして、お客さんや周りの人から、自分でお店をやったらいいのにと言われるようになって、今の奥さんと2人ですごく小さいお店を始めました。

Q:さきもとの名前の由来は何ですか。

説明するのが難しいですけど、由来は、僕と働いていた同い年くらいの男性が、毎朝、僕と会うと「HEY SAKIMOTO」と僕のことを呼びました。その意味を聞いてみたら、HITACHIの掃除機の古いコマーシャルに「ベリーサキモト、ボッボッボッ」というフレーズがあったそうなんです。元々は「サキモータ」らしいですね。僕は、「HEY SAKIMOTO」という言葉が語呂もよくて気に入ったのでお店の名前を「さきもと」に決めました。

レストランと料理

Q:若い頃から料理をするのがすきでしたか。 シェフになりたいと思ったきっかけは何でしょうか。

特に好きではなかったですね。大学の時、仕事を見つけようとしましたけど、日本ではものすごい数の会社があって、何を選んでいいかわからないと思うんですね。実は、東京で警察官になりたかったんです。でも、警察官になる試験に落ちてしまったので、他の仕事を探さなければなりませんでした。それで、就職フォーラムみたいなところに行って、チェーンのスーパーに入りました。そして、技術が身につく魚屋さんになろうと思いました。最初は料理はしなかったんです。 一所懸命やっているうちに、マネージャーになって5年目に会社の中のシーフードセクションのリーダーになりました。そのポジションになった後にシェフになりたいと思いました。

Q:料理をどうやって、そして、どこで学びましたか。

お刺身とかお寿司は日本でのスーパーで普通に出しますので、チェーンのスーパーで働いている時に包丁の使い方や魚の切り方を習いました。今は色々なことできるようになったのですけど、ニュージーランドに来た時はお刺身とお寿司を作れる人が少なかったので、そのときからずっとお刺身とお寿司のシェフとして働いています。

Q:なぜニュージーランドで日本食レストランを経営しようと思ったのですか。

やっぱりお客さんとスタッフから自分でやった方がいいんじゃないかって言われたのが一つの理由ですね。チェーンのスーパーでシーフードのリーダーとして働いていたときに、お店のマネージメントも大切だとわかりました。お店のマネージメントと料理と両方一緒に習ってきたから、自分のレストランを経営しようと思いました。

ニュージーランドの生活・移住の苦労

Q:日本の生活から、ニュージーランドの生活はどのように変わりましたか。

よく聞くと思いますけども、日本人、特に男の人はものすごく長い時間働くので、それと違うライフスタイルを見てみたかったです。日本ではみんな同じような働き方をするので、日本の中からその外側を見たいと思っても見られないのです。西洋の人達のライフスタイルはそうじゃないということぐらいは知ってたので、そういうものの考え方を知りたかったのです。どうすればちゃんとお休みをとれて、家族の時間があって、どうやってそのバランスを取ってるのか、きっと日本人には分からないと思ったのです。僕は子供が生まれてから、日曜日に仕事をするのをやめました。こちらではお客さんも怒らないです。日本ではやっぱり日曜日にお店を閉めてはいけないですね。ですから、生活は大きく変わったと思います。でも、僕自身に変われない部分もありますね。結局朝から晩まで仕事をする方が楽しいですね。

Q:移住して一番苦労したことは何でしょうか。

お店を始めるときは大変でした。会計や法律を勉強しないといけないのに英語も勉強しないといけなかったんです。2010年と2011年の地震があったときも大変でした。街の中には誰もいませんでしたので、ビジネスとして厳しかったです。ニュージーランドの人にも「街でお店をやるなんて勇気があるね」と言われました。夏には観光の人がいたからいいですが、5月(ニュージーランドは秋の終わり)になった途端に誰もいなくなりました。それから、日本にいる家族や友達に自由に会えない不便さがいつも心の中にあります。

Q:ニュージーランドに移住したいと思っている日本人にアドバイスいただけますか。

楽をしたいからニュージーランドに住みたいというのはあまりいい考えではないと思います。ニュージーランドに住んで、自分も日本人として役に立ちたいと思ったり、ニュージーランドの人達と一緒に生活したいと思ってニュージーランドに来たら、きっと素敵な移住ができるのではないかと思います。

(インタビュー:2019年4月)

Related Articles関連記事

ニュージーランドで暮らす
「Serendipity」は偶然でラッキーな出会い:美容師の「ラッキー」な移住

ニュージーランドで暮らす

「Serendipity」は偶然でラッキーな出会い:美容師の「ラッキー」な移住

美容師、起業家
長谷川竜士さん

新しいチャレンジと経験に憧れた長谷川さんは2018年にワーホリビザでニュージーランドに来ました。今年「SERENDIPITY+」という自分のヘッドスパのビジネスを始めて、美容師の情熱やニュージーランドへの移住プロセスについて色々なことを伺い…(続きを見る)

私たちが
取材しました

カンタベリー大学

カンタベリー大学

ニュージーランドと日本の架け橋

ニュージーランドで暮らす

ニュージーランドと日本の架け橋

日本語教師
伊津野千登勢さん

日本語の授業のインタビュープロジェクトのために、4月18日に伊津野千登勢さんにインタビューをお願いしました。プロジェクトのテーマは「移住」で、フォーカスは「転機」です。伊津野さんは知り合いがいないにもかかわらず、おひとりでニュージーランドに…(続きを見る)

私たちが
取材しました

カンタベリー大学

きんじさんのキッチン

ニュージーランドで暮らす

きんじさんのキッチン

寿司シェフ、レストラン「きんじ」のオーナーシェフ
浜田勤士さん

「日本食レストランきんじ」のオーナーシェフであるきんじさんに、ニュージーランドへの移住や転機について、そして夢を実現する時に直面した困難や達成感、日本と現在のライフスタイルについてお話を聞きました。…(続きを見る)

私たちが
取材しました

カンタベリー大学

ラーメン都@クライストチャーチ

ニュージーランドで暮らす

ラーメン都@クライストチャーチ

ラーメン都 店主
村瀬敬一さん

ニュージーランドのクライストチャーチに「ラーメン都」というラーメン店が2020年の2月に開店しました。その経営者村瀬敬一さんに、ニュージーランドへの移住、店の開店、ニュージーランドの生活などについて話を聞きました。…(続きを見る)

私たちが
取材しました

カンタベリー大学