一緒に京都を、世界をカラフルに

京都教育大学

一緒に京都を、世界をカラフルに

PEOPLEこの人に取材しました!

ゆうきさん

LGBTQ+団体「カラフル」代表

中学生の頃から、性の違和感を感じて、本物の自分を探していた。アメリカでの留学経験を通して、自身のジェンダーアイデンティティを自覚し、20代半ば、トランスジェンダーFTMとしてカミングアウトした。カウンセリングなどを経て葛藤を乗り越え、性別適合手術を受け、戸籍を変更した。2019年に「京都をもっとカラフルに」をテーマとして掲げ、「カラフル」というLGBTQ+コミュニティ団体を設立した。自身の経験を通して団体のメンバーと一緒に京都が誰にとっても住みやすい場所になるように努力している。

「カラフル」について

Q:「カラフル」はどのような団体で、どのような活動をしていますか。

鴨川のゴミ拾いを月に一回するというイベントや、加えて、年に一度鴨川で撮影会をしたり、ワークショップでものを作ったり、映画鑑賞会のようなこともしたりしています。

撮影会の写真の展示 2022年6月 大丸京都店にて

Q:この団体をどうして設立しようと思いましたか。

そもそもやり始めたのは、僕が京都でLGBTQ+が集まれるコミュニティを探してみたところ、色々調べても出てこなかったので、じゃあ自分で作ってみようと思ったときでした。まずはどれぐらいLGBTQ+に関心がある人がいるのかを知りたくて、20191月に最初のイベントをしました。その時は LGBTQ+当事者だけでなく、またいろいろな国の人も、どんな人でも参加可能という形で交流できるようなイベントでした。僕はもともとゲストハウスで働いているときに色んな国の人と交流があったので、そういった環境で京都も変わってほしいなという思いがありました。京都という町は日本人だけじゃなくて、色んな国の人が混じっているところなので、そんな京都で学生も、留学生も、観光客も、みんなが一緒になって集まって交流できる環境を作ろうと思ったんです。

Q:その最初のイベントの時から、現在までにカラフルの活動はどう変わってきましたか。

最初のイベントは参加者は8人でした。思っていた以上に人が集まるな、という印象でした。その時は座って話すという交流会のスタイルだったのですが、それを何回かやっているうちに、参加した人がまた次も行きたいなと思える関係性をつくるまでには時間がかかりそうだと気づいたんです。LGBT Q+は共通のテーマではあるけど、そのテーマだけに絞って話すだけだとそれ以上の話題に繋がらず、それでは何か物足りないと思った人は再度参加してくれないということがあり、それが寂しいと思いました。この活動が長く続けられるように、参加する「その人」を知るための会をどうにか作れたら、それが理想だなと思いました。そのためには、ただ座って、テーマをかかげてそれについて話すというスタイルでやるよりも、楽しい何かをかけ合わせることができないかなと思うようになりました。

色に触れるカラフルワークショップの様子 好きな色で世界に一つのものづくりを楽しんだ

Q:そのときに、何か思いつきましたか?

以前京都のゲストハウスで働いていたころに、海外から来た人の観光マナーが悪いのがニュースになっていて、それを見て、周りのいろんな国の人全員が悪いわけじゃないのにそういったイメージがついてしまう、他の国のみんなが悪く見えてしまうということがが嫌だなと思っていました。たまたま同じころ、カラフルの活動についてどうしようか色々悩んでいた時に、前を歩いていた日本人がごみをポイと捨てて、後ろに歩いてたインド人がそれを拾って、コンビニで捨てたという光景を見たんです。それを見て、とてもポジティブな気持ちになれたんですね。自分の住む街を綺麗にしようという気持ちは変わらず、誰でもみんな一緒なんだと感じましたし、「その人」のことをしっかり見ることが大事だと強く思いました。「その人」がどんな人なのかということは、その人の行動から見えるものなんだ、と気づかされました。LGBTQ+に対しても、表に見えるようにして、気づいてもらうのが大事で、それをさらにポジティブにとらえてもらい、いいイメージで接してもらうということが必要だと思ったんです。そして、一番人からよく見えるところとして、鴨川で定期イベントをやろうということになったんです。それで、鴨川で2019年の夏頃にゴミ拾いのイベントを始め、ちょうど3年ほどたちましたが、今でも、毎月やっています。

毎月開催している鴨川ゴミ拾いイベント

Q:カラフルのこれからの目的は何ですか。

僕たちはこれから「京都をもっとカラフルに」っていうテーマをかかげて、可視化(見えるようにする)、共存(当事者だけじゃなくて、一緒に考えられる環境づくり)と発信(しっかりそれを伝えよう)という3点を軸に活動しています。また、LGBTQ+当事者ではない人も一緒に集まり、考えるということが大事だと思うので、そこでこの問題に関心のある人が、誰でも気軽に参加でき、違いを楽しめるようなイベントを企画していくことです。

そして、将来的には、幅広い視野を持てるように、海外とも繋がりを作って、いろいろな国の人とまじりあうことでお互いを尊重しあえる社会を作れればいいなと思っています。

LGBT Q+コミュニティーの話

Q:LGBT Q+コミュニティーに対して、一般的な日本人はどんな意見を持っていると思いますか。

感覚としては、日本ではLGBTQ+コミュニティはマイノリティであって、そのコミュニティに関係ない人は他人事だという感覚を持っている人は多いと思います。そういう感覚をなくすには、そこに身近にいるということを伝えることが必要だと思います。LGBTQ+の人たちは、これまでテレビの中など、近くにはいない存在として表現されてきたと思うし、そうした人たちを、時にはニュースや映画や芸能界で、コミカルに笑いものにして、ふざけたように、また悲観的にとらえる傾向がずっとあります。メディアに出ている人を見るとそのようにしか表現されがちなので、一般的にはそんなに身近ではないし、特別な存在というふうに映ってるかなと思います。

Q:ゆうきさんは日本で差別された経験がありますか。または周りにいる方が差別されたことがありますか。

嫌な思いをしたことは、僕自身もあります。それは差別をする側がよく知らないからきっとそうなるのだと思います。誰でも差別や区別というものは無意識にでも経験したことがあるものでしょう。それは「知らない」から別のものとして扱うわけですよね。僕は性別を移行していく中で、体の変化などを人に見られて、「男?女?どっち」などと直接的に聞かれたこともあります。これは「差別」と言うものなのかわからないけど、ジェンダーやセクシュアリティについて聞かれたら嫌だと思うことが平気で聞ける、想像しきれないという問題が日本にまだまだあるなと感じます。周りのトランスジェンダーの人も同様の経験があると聞いたこともあります。そのようなことはトランスジェンダーについてよく知らないから起きる事だと思います。知っていたら、あ、そうなんだって終わる話でも、知らないと変な興味を持って変な風にアプローチされてしまうんですね。こちら側にとっては、「え、その質問はちょっと・・・」と言いたくなるようなことを聞かれるわけです。

ティーンエイジャーの時の悩み

Q:ゆうきさんの学校時代の生活はどうでしたか。例えば、制服のことや、更衣室での着替えなどのことについて、少し教えてください。

僕が、実際にカミングアウトして、性別を移行したのは、大学を過ぎてからで、それまでは、体は生物学的には女性の体でした。大学は制服がなかったので自由に着ていましたが、小中高は制服があって、そのときは僕はスカートを履いて、スカートの中にズボンを履いたりしていました。トランスジェンダーだけじゃなくて、そういうスタイルの子がけっこういたんですね。授業中に足を上げたりとかする女の子も結構いて、たぶんそういうときに便利だから、スカートの下にズボンを履くといったようなことをしていたんだと思います。これのおかげで、よかった、って思いながらずっと下のズボンを履いて生活していました。

更衣室などは、特になかったんですよね。着替えるときは教室で、まず、男の子が外に出て、その間に女の子が着替える、そして時間になったら、こんどは男の子が中に入って着替えるというスタイルが結構多かったです。たぶん、小学校6年生くらいからそういう風に着替えるようになりました。高校卒業までは、制服だったし、着替えは女の子と一緒の部屋でしていました。

Q:制服についてどう思いますか。日本のほとんどの中学校、高校では、制服を着ないといけないところが多いようですが、制服がなくなったほうがいいと思いますか。

制服はあってもいいかなと思います。その服を着ていることで、「あ、どこどこの学校の学生なんだ」っていうふうに見られることで、社会の中で守られると思うので。制服は、大人に守ってもらうために必要なものなのかなと思います。

でも、選択肢が必要で、二つではなく、三つ目があってもいいと思います。それは、今少しづつ日本で変わってきていますが、スカートではなくズボンでも学校に行けるということ。大人が好きな服を自由に選べるのと同じように、選択を子供達に与えることが必要です。僕も選択肢があったら、たぶん、学校に変なストレスを感じることなく行ってたかな、と思うし、トランスジェンダーの子でなくても、その服自体がしんどいなど、いろいろな理由で学校に行くことにストレスがある子も多いと思うんです。

Q:現在の教育について、どんなところが変わってほしいと思いますか。ゆうきさん自身、知っていればもっと早く自分のことをわかることができたと思いますか。

教育は、すぐにでも変わってほしいと思っています。もっと情報があって、勉強していたら、少し楽になれたんじゃないかなって思うところはあります。

変わってほしいところは、まずは、教科書の内容ですね。人権や道徳といった授業があって、そこでこれまで扱われてきたのは戦争や障害、差別などに関してが多く、LGBTQ+のことはほぼ扱われてきませんでした。これまでもそれらを学ぶ中で、当事者を呼んで、話を聞くというようなことは、授業の中で行われてきたと思いますが、LGBTQ+のことも同じように、当事者から直接話を聞くといった機会をつくることが必要かなと思います。

早く情報を与えることで、子供が混乱してしまったり、悪い影響があるのかではないかという批判もあるかもしれませんが、僕はそう思いません。早いうちからそのような問題について親子で考えられたり、友達同士で話せるほうがいいと思います。また、教え方も重要です。追い詰めるような混乱をさせるような教え方をしないようにしっかり先生も研修を受けるべきであると思います。

早いうちから適切な知識を身につけることによってその子供たちが変な影響を受けたり、道に迷ったりするとは、まったく思いません。当事者であってもなくても、自分の人生についてしっかり悩んだり、考えたりすることは重要なことで、学校教育の中でそうした勉強をしてほしいと思います。

海外との違い

Q:海外と日本とではLGBTQ+をめぐる状況が違うと感じたことがありますか。具体的にはどのように違いますか。

少なくともアメリカでは、気持ち悪いことじゃないと多くの人が認識していると僕は感じました。日本では、高校の時に、LGBTQ+について「それは言っちゃダメ」、「気持ち悪い」、「有り得ない」などと言われる風潮があったんですが、海外に行ったら、それとは全然違う世界でした。LGBTQ+当事者の人が隣にいても率直に話ができて、また、バーやカフェなどのような色々な場所でLGBTQ+の人のコミュニティスペースみたいなものあり、全然違っていて、それがとても心地よいと感じました。僕が住んでいた町では、それぞれのセクシュアリティを特別なことととらえていない雰囲気がありました。色々な国の人が住んでいて、友達がたくさん集まってしゃべっている時に、話の中で「明日ボーイフレンドを連れてくるね、」と男の子の友達が言うと、「あ、ボーイフレンドがいるんだ」と思うけれど、それがナチュラルな会話で流れていって、そこで特に誰も何も言わない「Welcome、いいよいいよー」という風に受け入れていました。

それから、こんなこともありました。パーティーに呼ばれたときに、ルームメイトに服を選んでもらうことになって、その子はスカートを最初持ってきて「これかわいいね」と言ったんですね。でも、自分はそれを絶対に着たくなくて、もうちょっとカッコイイのがいいと言ったら、こんどはカッコイイのを出してきて「これが似合うかも」と一緒に選んでくれました。そんなふうに「素敵だ」とも、「いやだ」とも素直に言えることや、一緒に考えてくれることも心地よかったです。そのルームメイトとも、すごくナチュラルに、会話の中で僕の好きなこととか、僕の好きな人とか、を自然に話せること、そして、相手もそんな話が自然にできるのが、日本にいた時との大きな違いでした。初めて、素直に生きていて、気持ちいいなと思った経験でした。

Q:そのように心地よく生きられる外国に引っ越ししたいとは思いませんでしたか。

確かに住み心地が良いなと思ったけど、僕はそれだけが理由で引っ越したいとは思いませんでした。まずは日本でチャレンジしたいと思いました。日本でそういう環境を作りたいと思ったんです。もしそういう環境がなかったら、作ることができるんだということを学んだからです。

人権週間トークイベントに登壇 2021年12月、京都外国語大学にて

ゆうきさんのストーリー

Q:カミングアウトのストーリーとそのときの気持ちを教えてください。

この悩み事は両親には一番言えないと思っていましたし、まさか自分で言うことになるとも思っていませんでした。でも、ずっと言わないわけにもいかなかったんですよね。カミングアウトした時は、僕は自分の体を変えたいということより、トランスジェンダーの色々な情報、たとえばトランスジェンダーとして生活している人の記事や周りの友達の言葉などを集めて、そんな人たちがいて、それに自分がとても似ていると両親に言いたかったんです。伝える前は、両親を悲しませるだろうし、泣かせてしまうのではないだろうかと想像していました。どうやって伝えたら、嫌な思いをしないだろうと考えて、「自分でもよく分からないから、まずはカウンセリングに行ってみたい」と伝えることでカミングアウトしたんです。そんな風に言ってみたら、僕のほうがすごく涙が出てきてしまったのですが、両親のほうは全然泣かず、想像と違った反応でした。いろいろと話をしたけれど、最終的には「色々な人がいるね」「でも、困っているんだったら、病院にいったほうがいいよ」「僕たちは専門的なことを知らないし、それで悩んでしんどいんだったら、カウンセリングに行ったら?」と言ってくれて、ほっとしました。正直、両親には理解してもらえないと思っていましたし、自分の中の違和感を拭いたいという願いがある反面、親からもらった身体を変えたいと思うことは悪いことで、失礼なことだと思う自分もいました。そんな中で、まずはカウンセリングに行ってみたらという両親の言葉にはすごく救われて、「前に進めそう」と強く思いました。

Q:カウンセリングについてもう少し詳しく教えてください。

僕が受けたカウンセリングには親子カウンセリングというものもあって、そこでは僕だけでなく、両親も一緒に、これまでの正直な思いを話す時間がありました。両親が知らなかった、僕が嫌だと思っていたことはたくさんあり、26年間、自分についてどう思っているかについて噓をついていたことをそこで両親に、先生のサポートを受けながら話しました。先生も、「実は、この子は本当は体を変えたいと思っていて、カウンセリングにきています」ということを親に説明してくれました。これは親子でちゃんと考えていくべき問題ではあるけど、まずはお子さんの思いを尊重してあげてください、と先生もサポートしてくれました。僕はそこから両親に、ホルモン注射を打ちたいと思っていること、手術をして、戸籍も変えたいと思っていること、そうやって将来を考えているということを、家に帰ってゆっくり話しました。そのとき、両親は20数年間悩んできたぼくとは違って、カミングアウトされてからまだ数日しかたっておらず、突然の出来事で、自分よりずっと悩むことがあるんだなと気づきました。昔のことを振り返って、「あのときは嫌な思いさせたな」とか、母からは、育て方に原因があったのかななどと言われてしまいました。でも、僕は「それは全然違う、育ててもらってすごく「幸せだったから、そこに正解とか間違いがあったわけじゃない」というのを何度も説明しました。親にとっては急に知ったことなので、時間をかけないと、なかなか実感できないからでしょうね。僕の長年悩んできたことと、親が親の立場で悩むことはまた違ったことなので、そこは共有しなければいけないんですよね。でも、カウンセリングを受けた後、僕が悩んでいたことと親が今悩んでいることを一緒に話をするという時間がとても増えて、いい環境に変えてくれたので、カウンセリングを受けてよかったと思います。

Q:LGBTERのインタビューから、もう3年ほど経ちましたが、この3年間の生活はどうでしたか。

あの後、パートナーは自分の両親にLGBTERの僕の記事を見せて、読んでもらったのですが、彼女の両親から会ってもいいよと言ってもらえました。記事の内容や僕の体についてもいろいろな説明をした上で、彼女のことも大事にしていると伝えました。僕はずっと健康でいて彼女のことを大事に生活したいと思っていると伝えると、「じゃあ、また会いに来てね」と言ってくれたのでので「ありがとうございます」と言いました。

僕も、結婚して将来ずっと一緒にいたいという思いがあったので、彼女の両親にはいつかその気持ちを伝えたいと思ってはいたのですが、すぐには結婚したいとは伝えることをしなかったんです。彼女の両親に言えなかった間、隠して交際してきたから、それを埋めるための時間も必要だし、彼女の両親と僕たちがしっかりお互いのことを知る時間も要るなと思ったんです。それで1年ぐらい経って、あらためて結婚したいという許可をご両親にもらいに行くと、「いいよ、二人が決めたことなら、二人で幸せになってな」と応援してもらえて、結婚に至りました。

その後、子供が欲しいという気持ちも僕も彼女もそれぞれの両親にも伝えていたので、日本で子どもを持つために可能な方法を二人でいろいろ検討した結果、第三者に提供をしてもらう形をとることにしました。そして、実は、この11月に子供が生まれる予定です。

僕たちは付き合い始めて、色々やりたいことを紙に書き出して、そのことを順番にかなえようと約束した当時から10年が経ち、時間はかなりかかっていますが、自分たちが考えたとおりに、しっかり進んでいるじゃないかなと感じています。

LGBTERインタビュー 「トランスジェンダーだと自覚し、『親に悪い』という想いを乗り越えて」

日本の未来、そしてこれから

Q:将来、ゆうきさんはどのような京都をイメージしていますか。そして、どのような街にしたいですか?

何かを悩んでいる人はたくさんいると思うけど、となりにいる人にその悩みを素直に話せるような環境があればいいと思います。カラフルから、連鎖するように横の人と繋がっているという感覚で広がっているイメージの、そんな環境を作れたらいいなと思います。人に言えないなと思って自分が嫌いになってしまったり、目を背けてしまったり、自分が傷ついたらたらどうしようと気にしたりするのではなく、素直に言ってみようと思える、言える相手が隣にいるということが理想だなと思います。

Q:法律を変えることが出来るとしたら、どこを変えたいですか。

同性婚ができるようにということ。同性婚ができないことで、法的に家族になれない人がたくさんいるから、だれもが平等な権利を得る、未来への可能性や選択肢を増やす意味でも、まずは早く同性婚を認めてほしいですね。それから、トランスジェンダーの戸籍変更の要件を変えてほしいです。戸籍変更の要件の中に、たとえば詳しく言うと「子宮卵巣摘出」といった手術をすればできる、という要件があるんですが、そこは変わってほしいと思います。この手術は体の負担が大きいから、外側だけしか手術できないことで要件を満たせず、戸籍を変えられない人もたくさんいるんです。

Q:京都に住んでいる人以外についても、自分の町のLGBTコミュニティの状況を改善させるために私たちに何が出来ると思いますか。

コミュニケーションをしっかり取ることです。そして何よりも、「知る」ことです。全部理解することは難しくても、少しでも知っていることで、相手に対して取る行動は変わると思います。それは、どこのコミュニティでもきっと同じでしょう。「知る」というのがまずスタートで、そこから自分が変われるのですから。しっかり勉強して、しっかり理解しよう、全部を受け止めようとしなければいけないというイメージをもっている人もいると思うけれど、LGBTQ+コミュニティに関して、そうじゃなくてもいいんです。一つでも情報を得れば、自分のことについても、相手のことについてもいろいろ想像ができるようになります。そのように相手のことを想像して得られた理解は、これから先、様々な人と接するときに、実際に生きてくると思います。

Q:この記事の読者にメッセージや伝えたいたいことは?

LGBTQ+を言葉にすると特別な感じがしてしまうかもしれないけど、本当に全然特別なものではないということです。それはLGBTQ+当事者に一番そう思っていて欲しいです。そして、周りにいる人には、それを一緒に考えて一緒に前に進める仲間になって欲しいと思います。僕もその仲間になりたいし、一緒に考えたいと思っています。これからの未来がどう変わるかは、一緒にやってみないと分からないと思うので、まずは一緒に考えていこう、というのが僕からのメッセージですね。

(インタビュー:2022年7月)

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