デザインって、何か面白いものだよね。

武蔵野美術大学

デザインって、何か面白いものだよね。

PEOPLEこの人に取材しました!

麹谷宏(こうじたにひろし)さん

グラフィックデザイナー

麹谷さんは、劇団四季のポスターデザインをはじめ多数の広告デザインを手掛けるほか、「無印良品」の創案にも参画するなど、幅広く活躍されているクリエイター。麹谷さんの「広い年代の人に受け入れられる自己表現」がアートな仕事だと考え、麹谷宏さんにインタビューした。その結果、アートな仕事とは自分たちが考えていたよりずっと身近に、また多くのものに関係していたことがわかった。

<プロフィール>
1937年奈良県生まれ。大阪でデザインを学んで銀座松屋の宣伝部に入社。
67年から72年まで、フランス・パリのデルピール・ステュディオに在籍。シトローエン、パリ国立銀行等のグラフィックデザインを担当。72年に帰国し「農協牛乳」のデザイン、週刊朝日の表紙デザインなどを担当。10年後には無印良品の発案、劇団四季のポスターデザインや、ワイン、俳句、茶の湯にデザインを取り入れた新しい文化催事にも挑戦して来たクリエイターでもある。

「正直な商品」を作るために

僕は約4年間パリで暮らしていたから、ヨーロッパのミルクの事情を知っていたんだよ。そんな時に帰国後早々、農協牛乳のパッケージをデザインしてくれないかと依頼があってね。それで日本のいろんな牛乳をテイスティングしてみて、なんでこんなに日本の牛乳はまずいんだと驚いた。夏は牛が夏痩せするので乳脂肪分が低く、冬はファットなミルクになる。同じミルクでも夏と冬とで乳脂肪分が変わってしまうのだけどそれが自然。ところが日本のミルクは夏の一番低い乳脂肪分を法定しているから、せっかくの冬の美味しいミルクからも乳脂肪分を引き抜いて、夏の痩せたまずいミルクの法定基準に合わせて売られていた。最悪だよね、日本商法。

それで、そのやり方はおかしいんじゃないのと議論を重ねて、新規に市場に参入する農協牛乳は「自然のままに、濃厚な牛乳は濃厚なまま提供する」ということが決まった。僕はそこで、パッケージのデザインも土の匂いや牧草の香りがするような、自然をイメージさせる感じにしようと思って。農協の信頼性を出さなくちゃいけないからね。洒落て飾ったりしちゃダメだと思ってあのデザインにしたわけ。当時三大ミルクメーカーの明治・森永・雪印もパッケージには赤と青しか使ってない。二色に勝つためにはね三色じゃダメなのよ、シンプルな一色じゃないと勝てないんだよね。そこで僕はスーパーの蛍光灯の下でも光輝くような赤いインクを開発するのにお金を出してくれって言ったの。農協牛乳のミルクカートンのあの赤色のパッケージは蛍光灯の下でも綺麗に見えるでしょ。

もうひとつ、これが成功のポイントになった重要なアイデアだったんだけど、僕は農協牛乳の成分は無調整だよ!っていうことを伝えるためにメッセージの入ったパッケージでやろうと考えたわけ。当時は商品にメッセージを入れることなんてなかった。「成分無調整」という言葉と「自然はおいしい」って言葉を使ったの。消費者は敏感だし、賢明だから当然このデザインポリシーは大ヒットしてね。以来このパッケージデザインは50年間使われ続けているんだよ。

農協牛乳

 

疑問から生まれた「無印良品」

デザインは受注生産じゃないですか。頼まれないとできない仕事。でも、この無印良品は頼まれて生まれたものじゃないの。
田中一光(*1)先生を中心に飲み会をしているとき、雑談でバブリーな時代批判をしていてね。今の世の中はブランド物ばっかりで高級志向、それもいいけど同時にシンプルな生活を守る基本的な良品も必要なんじゃないかっていう話をしてね。例えば、僕は白いハンカチが大好きで白いハンカチしか使わないんだけど、フランスにいた頃はすごく良いものが当然のように安く手に入ったのに、日本に帰ってきたらブランドのロゴが入っているだけで高くなってる。白いハンカチにブランドのロゴなんてまったく不要。何の意味も機能もない。ノーブランドが普通じゃないかって。

そうしたら4、5人いたクリエイター仲間がみんなそういう意見と時代の不満を改良開発できそうなアイデアを持っていて。その中の1人の堤清二さんが西友の社長だったから、「それじゃ、うちで試作品作ってみましょうか」って話になって。20から40のアイテムを世の中に出したんだけど、頼まれた商品ではないから名前を付けなきゃってことになって。ノーブランドでシンプルなわけのある良いものということで、無印良品という名前になった。

そこでその時僕は、この商品がなぜ良いのか、なぜ安いのかというその商品の特性を農協牛乳の時のように再びパッケージに書けばいいんじゃないかって思ってね。それから無印良品では今もそのスタイルが伝統的に続いている。あのデザインポリシーの始まりです。田中一光先生がADで、僕がグラフィックを担当し、スタッフが少ないから、ロゴから始まってポスター・新聞広告・パッケージデザイン・商品開発、何でもやった。

*1:20世紀の日本のグラフィックデザイン界を代表する天才クリエイター。

全部がデザイン

アートな仕事っていうのは聞いたことがないけど、世の中にはアーティスティックな仕事はいっぱいあると思う。色や形、そういう具体的なものを超えてアートという言葉の意味はもっと広がっていると思う。それぐらいアートっていうのは大事な言葉だよね。アートな仕事をしてる人っていうのは自分の創造哲学を持って、信じて、それぞれのジャンル・テリトリーで良い仕事をしている人って感じがするね。デザインという意味でも範囲は広く、自分のポリシーを持って実業でも政治でも仕事のコンセプトを構築することはアートワーク・デザイン作業といえると思う。

 本当に「自分で」考えているか

ぼくは趣味がワインや茶の湯や俳句やガラス工芸とたくさんあってね。それらの世界でも息子や孫のような年代の若い人たちとの付き合いが多い。最近の若者たちはよくものを知っていて朗々と理屈を述べて立派だと思う反面、それは平凡な一般論でどこにこの人のオリジナリティがあるんだろうと戸惑うこともある。だからそれから先の議論にもならない。それ以上の好奇心もないように見える。これはもったいないなぁ、といらいらすることが多い。

考えるを考えろって。好奇心と向き合い、突き動かされるからいつも何かを考えてる。それを口走って論争になる、というのが若者の姿だったんだけど、最近は見ないね。情報はパソコンがくれるけど「自分で考えること」をしないとそれ以上にはならないよ。自分を粗末にしたら可哀想だよと思ったりするんだけどね。

(インタビュー:2018年6月)

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