公益財団法人国際文化フォーラム

思考習慣を身につける~TOKにおける指導と学習~

カメダ クインシー(玉川大学学術研究所K-16一貫教育研究センター講師前玉川学園中学部・高等部教諭)

2009年に国際バカロレア(IB)ワールドスクールとして正式な認定を受けて以降、玉川学園では教科のカリキュラム構築やIBプログラムの実践に取り組んできました。ディプロマプログラム(DP)※では、IBの学習者像である「探究する人」「知識のある人」「考える人」「コミュニケーションができる人」「信念をもつ人」「心を開く人」「思いやりのある人」「挑戦する人」「バランスのとれた人」「振り返りができる人」の育成をめざし、「知の理論」(TOK: theory of knowledge)などをコアとした実践手段を導入しています。

TOKは、「知る」ためのプロセスを探究し、批判的に考える力を養う授業で、DPを履修する生徒全員が最低100時間以上取り組むことになっています。TOKでは、「私たちは知っているということをどのようにして知るのか(How do we know what we know?)」をさまざまな文脈で考察していきます。教師は、ただ生徒に「教える」のではなく、生徒がすでに持っている多くの経験や知識をもとに、個人はどのようにして物事を知るようになるのか(個人的な知識)、そして社会はどのようにして知識に到達するのか(共有された知識)について考え、その考えを生徒間で共有することができる学習環境を維持していかなければなりません。

私が行った授業の一つに、「知るための方法」を考察するものがあります。TOKは、複雑な世界を探索するのに役立つツールである「知るための方法」として、言語、知覚、感情、理性、想像、信仰、直感、記憶の八つを設定していて、そのうちの四つを深く考察するのが適切であるとされています。私は、言語、知覚、感情、理性を取り上げ、ジグソー法(協同学習の技法)を使って、生徒が複数の話題を同時に学んだり、教えたり、議論したりすることで、学習を深め、視野を広げる活動を効率的に行えるようにしました。

まず、生徒たちを4人のグループ(ホームグループ)に分けます。次に各グループのメンバーに1〜4の番号を振り、1は言語、2は知覚、3は感情、4は理性といったように四つの専門グループに振り分けます。

次に、専門グループごとに集まり、自分たちが担当する「知るための方法」はどういうものなのか、TOKの解説文を手がかりに、自分の経験を関連づけたりしながら分析し、考察を深めます。さらに、その「知るための方法」をどうやったらほかの人たちにわかりやすく説明できるか考えます。その後、それぞれのホームグループに戻り、専門グループで話し

合ってまとめた内容を教え合います。私は教室を回り、生徒が与えられた資料や自分の経験などを根拠に挙げながら、筋道の立った説明をしているか確認します。生徒から質問があれば対応し、説明の根拠が不明瞭な場合などは再考を促すような質問をしたりします。

次に、「四つの『知るための方法』のうち、一つ除外しなければならないとしたらどれを選ぶか」「そもそも、人間はどれか一つを欠いても存在し得るのか」についてホームグループで議論します。議論は、自分の専門グループで考察した「知るための方法」がいかに重要であるかを主張しながら進められます。この授業を通じて、生徒たちは、「知るための方法」がそれぞれ独立しているのではなく、さまざまに相互作用しているのだということに気づきます。

※ IBディプロマプログラム(DP)

16-19歳の大学入学前の生徒を対象にした2年間の教育プログラム。言語と文学(母国語)、言語習得(外国語)、個人と社会、理科、数学、芸術の6つのグループ(教科)と、「知の理論」「創造性・活動・奉仕」「課題論文」の3つのコアで構成される。修了時に卒業試験を受けて一定の成績を収めると、国際バカロレア資格(国際的に認められる大学入学資格)の取得が可能になる。

問いを柱とした探究

TOKは、一般的なシラバスに多く見られる、内容や課題などが事前に示された上で進められる授業ではありません。いく通りもの答えのある「開かれた問い」を柱に、複数の教科の領域を横断して進められます。

TOKと他教科との違いは、生徒に求められるメタ認知スキルのレベルの違いにあるといえるでしょう。物理や音楽など教科の授業では、教科の概念的理解を深めるために教科に関する知識やスキルを学習します。一方、TOKの授業では、教科固有の知識獲得の方法、知識が果たす役割、身につける方法やスキル、知識そのものの本質などの探究に焦点が当てられます。「知識がどのようにして確立されるにいたったか」に着目しつつ、知識の異なる領域について比較や検証を重ねていくことで、知識の本質や共通する点、異なる点が明らかとなり、私たちが世界を知る上で多種多様な知識がどのような助けとなっているのかを知ることができるのです。

教師には、生徒一人ひとりの探究を慎重に見守りつつ、適切な方向に進んでいけるよう導く役割が求められます。TOKの授業で重視される「問いかけ」では、生徒の好奇心を刺激し、望ましい方向へと導いていけるような意義の高い良い質問とは何かを常に考えていかねばなりません。探究は、最終的には生徒自らが生み出した問いによって支えられるものとなっていくことが重要です。この転換が上手に行われない限り、教師が主導する探究から抜け出すことはできません。

私は、生徒の参加の度合いがあまり高くない段階では、比較的簡単に答えられるような質問を個別に聞いていきます。そして、様子を見ながら、「Aさんの意見のXXということについて、Bさんはどう考える?」というふうに、生徒の間に入って議論をつないでいきます。生徒がほかの生徒に「CさんのXXXという主張には、△△△という見方もありますが、それについてどう考えますか」というような問いかけを直接行うようになったら、コントロールを手放すよう意識していました。

TOKのあるべき方向性について理解していても、探究の進め方や指導の方法、教師と生徒の関わり方など、現実とのバランスをとるのは容易ではありません。試行錯誤の連続でしたが、「生徒の意欲を引き出す魅力ある学習環境」を創り上げるための多くのアイディアを得る貴重な経験となりました。

授業が進むにつれ、生徒たちも少しずつ変化していきます。最初は「TOKの目的がよくわからない。つらい」と悩んでいたような生徒が、私の教科の授業で、「先生の説明のこの部分は間違っていると思う」という指摘をするようになったりします。「じゃあ、なぜそう考えるのか」と問いかけると、その生徒が根拠を説明し、さらにほかの生徒たちも参加して議論が展開されることもあります。

TOKの学習を効果的に進めていくことで、自らの経験のなかで獲得した知識を大きな視点で見る習慣が育まれ、柔軟に考える力やさまざまなアイディアを統合する力、物事の全体と個別との間に存在するつながりに気づき理解する力が身についていきます。

このような生徒の行動と意識の変化を目の当たりにして、TOKの学習は「思考習慣」の育成に大きな影響を与えるものであると改めて感じました。「思考習慣」とは、与えられた課題や問題を前にして、その答えを知らないときに「知的にふるまうすべを知っていること」と定義されるものです。「思考習慣」をつけることはメタ認知スキルや批判的に考える力の習得にもつながっていきます。

長い学習期間を通して身につけた「思考習慣」は、広い世界のさまざまな場所で活躍していく生徒たちにとって大きな助けとなるはずです。責任ある「地球市民」となっていく生徒たちがこの思考習慣を、これからの人生に生かしていってくれることを強く望んでいます。

TOKのねらい

1. 知識の構築に対する批判的(クリティカル)なアプローチと、教科学習、広い世界との間のつながりを見つける。
2. 個人やコミュニティーがどのようにして知識を構築するのか、その知識がどのように批判的に吟味されるのかについて、認識を発達させる。
3. 文化的なものの見方の多様性や豊かさに対して関心を抱き、個人的な前提や、イデオロギーの底流にある前提について自覚的になる。
4. 自分の信念や前提を批判的に振り返り、より思慮深く、責任意識と目的意識に満ちた人生を送れるようにする。
5. 知識には責任が伴い、知ることによって社会への参加と行動の義務が生じることを理解する。

「知るための方法」の「言語」の解説文(抜粋)

言語

言語はどのように知識を形成するのか。ある「知識の領域」における言語の重要性によって、その領域が特定の文化に縛られることはあるのか。知識の構築に際して、比喩はどのように用いられるか。言語とは、人間が学習し複雑な意思疎通の体系を使用するうえで、それを可能にする心的能力を指し、またはその体系そのものを指すこともあります。言語は、「記号」の体系によって構成されています。意思を疎通する、考えを説明する、知識を蓄積する、あるいは思考の媒介とする目的で、一定の規則に則してまとめあげられた合意済みの慣習的な意味が、これにより伝えられます。…(後略)

〈参考資料〉

『Theory of Knowledge Skills and Practice / 知の理論

スキルと実践(日本語訳付き版)』(オックスフォード大学出版局、2015年)

非営利教育財団国際バカロレア機構(www.ibo.org)発行の和文資料

国際バカロレア(IB)の教育とは

ディプロマプログラム「知の理論」(TOK)指導の手引き

※事業報告書『CoReCa2015-2016』(2016年9月発行)に掲載。所属・肩書きは掲載時のもの。