警察官から韓国語教師に転身。中川正臣さん

  • 記事更新日:

20150401_Nakagawa.JPG
韓国で日本語を教える中川さん

警視庁に勤めて5年め。韓国語をやりたい気持ちが強くなり、韓国の語学学校に入学金を払ってはキャンセル、を繰り返した中川正臣さん。

*...*...*...*...*...*...*...*...*...*...*...*...*...*...*

韓国語に初めて出会ったのは、警視庁に勤めていたときです。もう16年ほど前になります。国際捜査に関わりたいと上司に言ったところ、いくつかの選択肢のなかから韓国語を学ぶことになりました。

習いはじめてみたら、どんどんはまっていきました。韓国語自体もおもしろかったのですが、何より韓国人の先生との交流が自分のなかでは非常に大きなことでした。自宅に招いてくれたり、お酒を飲みながら悩みを真剣に聞いてくれたり......。そのとき、韓国語教師という職業の存在を初めて認識しました。

いずれ韓国語に関わる仕事がしたいと、次第に強く思うようになっていきました。警察官になって5年目のとき、韓国の語学学校に入学申し込みをしたのですが、やっぱり留学はできないと思い、キャンセル。それからしばらくしてから、改めて行こうと思い、お金を払う。だけどまた返金してもらう、ということを繰り返しました。1年間、自問自答の日々でした。

思いがあって入った警視庁をそんなに簡単に辞めていいのか、現実から逃げているだけなんじゃないのか、家族を説得できるのか......。でも、留学関係の本が増えていく様子を見て、相談にのってくれていた先生も妻も「そんなにやりたいなら、あきらめないほうがいい」と背中を押してくれました。

そのとき、妻や両親に「韓国の大学院に入って韓国語学を勉強する」と言ったのですが(実際は韓国語教育学の道に進むことになる)、こうして先を見据えた計画を立てれば現実から逃げたことにはならないと思ったのです。

そして警視庁を辞め、韓国の語学学校に入りました。1年後、大学院に合格。その後、修士課程、博士課程を経て大学教員となり、結局10年間を韓国で過ごしました。

韓国語と出会ったことで、それまでとは全く異なる世界が広がりました。韓国に行く前の自分と韓国から戻ってきた自分とは明らかに違っています。以前の私は職業柄もあって、厄介そうなものには近づかないし、固定観念で物事を見るところがありました。差別意識もあったと思います。

でも、今は何についてもマイナスイメージから入ることはないですし、さまざまな違いに対して寛容になったと思います。

韓国語の魅力は、ことばや社会、人がとても近い距離にあるということです。それは地理的にも文化的にも。ことばしかやっていなかったらここまで夢中になっていなかったと思います。韓国の人、韓国の社会とつながったから今の自分がいます。そうやって人や社会とつなげる韓国語教育をやっていきたいですね。

韓国語を学んで、韓国に関わる人と触れ合って、学生がどう変わっていくのか。それを見るのが楽しい。だからずっと韓国語教育にのめりこんでいます。