(1) 当シナリオにおける文化触変の定義
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異文化集団間の持続的な接触により、一方または双方の集団の元の文化の型に変化をもたらす現象が文化触変(アカルチュレーション)である。この現象をどうとらえるかについては「敵対的文化触変」、「文化帝国主義」等という言葉に見られるように、集団間の力関係による強制的・抑圧的作用を過去のケースに鑑みて指摘する声もあるが、当シナリオでは平野(平野 2000)の以下の定義・解釈を援用する。
文化触変は単なる模倣や借用ではない。受け手の文化によってこれまで生きてきて、これからも生きようとする人々が、みずからの必要によって選択し、再解釈して、再び文化になんらかの統合をもたらす、いわば文化的格闘の過程である。文化触変は、受け手の文化およびその担い手の人々が主体性を発揮して、外来文化要素と在来文化要素とから新しい文化要素を作り出す創造の過程であり、人々の生活活性化をもたらす創造的活動である。
(平野 2000)
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(2)
文化触変の過程
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平野(平野 前出)によると外来文化要素はまず他の文化から「伝播」し、在来文化に「呈示」される。それはその後「選択」されるわけであるが、「呈示」と「選択」の間に「フィルター」があり、そこを通過できない文化要素は「拒絶・黙殺」される。ここでいう「フィルター」とは受け手の文化の側にある必要性と適合性という条件であり、受け手の側の人々の選択の意志である。「選択」後も外来の文化要素の進入によりバランスを失った在来文化が新たなバランスを回復し、新しい活力を得るまでの紆余曲折がある。当シナリオではこうした文化触変過程の前半部分に注目し、「伝播」から「選択」に至る過程、中でも「フィルター」の役割を認識し、文化触変について考察する。
(文化触変の過程については、平野健一郎「文化変容」『国際教育事典』松崎巌編、アルク(1991)p.625を参照のこと。)
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(3)
日本の食文化について
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日本人の食生活は古代より各種外来文化の影響を受け変遷を重ねて来た。懐石料理、精進料理から鮨、天ぷらに至るまで殆どが外来の食文化の影響を受けている。従って岡田(岡田 1998)が指摘しているように、日本の食を外来食、伝統食に分けることはかなり難しい。このことを踏まえ、当シナリオでは日本の一般家庭食を基準にした食文化の特徴を岡田(前出)や鈴木(鈴木 1990)の見解を参考に以下のように解釈する。
日本人の食事は「和」と日本化された「洋中華」を中心とした混合型、折衷型である。そして、その混合型、折衷型を支えているのは和洋中華の別やその調理法を問わずさまざまな組み合わせを可能にする「米主食主義」(「ごはんとおかず」思想)である。
この観点から見ると、たとえば、功二郎の夕食(チキンカツ)の場合、チキンカツ自体はもともと洋風であるが、「ごはん」として粘りけのある飯(ジャポニカ種)、「おかず」としてカツの他に汁物やお新香などがあり、一般家庭で見られる様式である。単なる伝統食対非伝統食、和食対外来食という構図より、日本が世界でもめずらしい混合型、折衷型のバラエティーに富んだ食生活を実現していること(ごはんと一緒に和洋中華さまざまなおかずを取り合わせて食べる=「行動」)、そしてそれを支えている規範として「米主食主義」があること(「ごはんとおかず」思想=「価値観・考え方」)を明らかにしていく方が文化理解学習の今後の展開にとっても好都合と思われる。
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参考
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平野健一郎『国際文化論』2000
岡田哲『食の文化を知る事典』1998
鈴木正成編『食生活論』1990
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