あったかいお湯とあったかいコミュニティ

武蔵野美術大学

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PEOPLEこの人に取材しました!

新保朋子さん

黄金湯店主・オーナー

黄金湯を、地元の方から銭湯を愛する方、銭湯に馴染みのない方まで様々な人が楽しめる新しい銭湯として経営し、日本の銭湯文化を未来に繋いでいくことを目指しています。新保さんが打ち出す新たな銭湯のかたちを伺う中で、銭湯と人との繋がり、ひいては新保さんの考える「共生」を知りたいと思いお話を聞きました。
〈プロフィール〉1932年に墨田区で創業し90年間にわたり営業してきた下町銭湯黄金湯(こがねゆ) 老朽化が進んだため、2年間の構想を経て大規模な改装を行い、2020年にリニューアルオープン。元々リサイクルショップを経営し、その後大黒湯を営んでいた新保卓也さん・朋子さんご夫婦がオーナーとして引き継いだ。様々な取り組みに挑戦しながら銭湯の魅力を多くの人に届けるべく、黄金湯で新たな銭湯のかたちを追い求めている。

リニューアル、新しい銭湯を目指して

Q:新保さんご夫婦が黄金湯を継ぐことになった経緯を教えてください。

2012年に、ここから5分のところにある大黒湯を主人が三代目として継いだんです。でも、当時はお客さんが減少していて。2012年はスカイツリーが建った年だったので、近くの長屋が解体されて常連さんが減っていったんです。目の前のお客さんも、こんな良いお風呂があるのに来てくれない。若い人からも、銭湯は「わざわざ行かなくてもいい」場所だと聞いたんです。

昔は必要とされていた銭湯が今は必要とされていないのではないかと感じて、その現状がすごく悲しくて。でも、実際自分たちがお風呂に入ると、そんなことはないと思ったんです。それで、大黒湯をテコ入れしてオールナイト営業をしたり露天風呂を作ったりと色々やっていくうちに、だいぶお客様が増えてきました。

そんなときに、黄金湯の前オーナーが高齢で辞めることになったんです。でも、銭湯という日本の文化は、次の時代の若い人たちにも残していきたいなと思って。大黒湯とは違った新しい銭湯としてチャレンジしてみようということで、2018年に黄金湯を引き継ぐことにしました。

Q:黄金湯をリニューアルしたきっかけは何ですか。

建物自体が老朽化していて、床が抜けそうだったり配管がもう使えなかったりしたからですね。やはり、設備周りは一つ直したらまた次が出てくるので、それなら一気に大改装しようと思ってリニューアルしました。 

Q:リニューアル後の黄金湯は、懐かしさもありつつ若者を意識したデザインになっていると感じます。リニューアルに関わられた様々なクリエイターの方々*とは、どのようにして出会ったのですか。

*ブランディングおよびクリエイティブディレクションは高橋理子さん、内装設計は長坂常さんが担当されています。さらに、大暖簾のデザインは美術家の田中偉一郎さん、銭湯絵はほしよりこさんが描いています。

高橋さんは銭湯がお好きなんです。それと、黄金湯の近くに高橋さんのスタジオがあって地元も墨田区なので、この街を盛り上げたいとのことでした。元々共通の知人を介して知っていて食事をする仲だったんですけど、黄金湯の話を伝えたら是非一緒にやりましょうということで、高橋さんに入っていただきました。そこで、高橋さんから長坂さんを紹介していただいたんです。銭湯絵のほしよりこさんは、長坂さんに紹介していただきました。

黄金湯のペンキ絵(写真提供:黄金湯 photo:Yurika Kono )

Q:ほしよりこさんの銭湯絵は、男女の中間に富士山がありますよね。それがすごく素敵だなと感じました。

ほしさんの絵自体にストーリーがあるんです。長坂さんが、男湯女湯の壁を作らずに、上の方だけ繋がっている意味は何だろうってすごく考えていて。別に壁で区切っちゃっても良いのに、昔の銭湯ってどこも上の空間が少し空いているんです。それは、見えないけど向こうの雰囲気をなんとなく感じ取る、みたいなことで。昔は男性と女性が時間を合わせて「もうすぐ出るからね」とか、「せっけん貸して」とか、そういうやりとりをしていたらしいんです。それは全然恥ずかしいことじゃなくて、当たり前のことだったんですよ。

ほしさんの銭湯画は男湯の端から女湯の端までを繋ぐように描かれていて、その真ん中に富士山が描かれているんです。男の子の赤ちゃんが産まれて、お母さんと黄金湯に入って。その子が段々大きくなって、商売を始めるんです。それで、富士山を隔てると今度は女性の話になります。女性がその男性と出会って結婚し、子供が生まれる。そして、今度はその子どもと一緒に黄金湯に行くんです。富士山を隔てて男性の話と女性の話が切り替わって、人の一生みたいですごく素敵なんですよね。ほしさんが全て考えて絵巻物の様に考えてくださいました。

Q:リニューアルの前と後で、若者の方とお年寄りの方の割合は変化しましたか? 

リニューアル前は高齢の方が多くてお客さんの数も少なかったんですけど、リニューアル後は若い方が来てくださっています。昔は20代や30代の方は珍しかったんですが、今は逆に若い方が多いですね。 

Q:黄金湯は古くから地元の方に愛されてきた銭湯だと思いますが、リニューアル時に元の黄金湯の良さと新しさのバランスはどのようにしたいと考えていましたか。

黄金湯は90年前から続いている銭湯なので、古さを残しつつリニューアルしようとは考えていました。でも、大々的に全部変えたつもりです。よく新旧の融合と言われるんですが、残っているのは靴箱と桶くらいでだいぶ変えているんです。カラン(蛇口)は昔のスタイルを採用していますが、カラン自体は一度変えています。

お風呂場で今も使っている桶(photo:村瀬健一)

私は昔のものを残したい派だったので、靴箱は残して下さいとお願いしました。でも、あれはただ単に残しただけではなくて、一箱一箱にやすりをかけて磨いたんです。そういう古いものでも見かけは綺麗になるし、そもそも本当にそれはこの銭湯には必要なのかどうかというのは、長坂さんや高橋さんが一つ一つ考えて下さいました。

靴箱(photo:村瀬健一)

もちろん地元の方のためにこの銭湯を残そうという思いはあるんですが、どういうふうな残し方にするかには、自分でもやりたいことがあって。昔は熱湯1個だけだったんですが、それでは物足りないなと思ったんです。やはり色々な方に来てもらいたいので、3つの温度を出すのには費用かかるんですけど、熱いのと中温と炭酸泉の3つのお風呂を作りました。 

リニューアル前後の浴室(写真提供:黄金湯)

Q:薬風呂の種類がとても豊富ですよね。あのラインアップはどなたが考えていらっしゃるんですか。

今は全部スタッフにお願いしています。スタッフ2人くらいで考え合っているっていう感じですね。最初は黄金湯ではあまり変えていなかったんですけど、やっぱり変えた方がお客さんが楽しめるので。昔は大黒湯で私が考えてやっていたのを、黄金湯でもやるようになりました。季節を感じるものだったり、コガネキッチンのドリンクとセットにして「今日は新ドリンクでレモンスカッシュが出るから、お風呂もレモン風呂にしよう」みたいにして考えていますね。 

2024年7月の薬湯予定表(提供:黄金湯)

Q:黄金湯の2階には、カフェ「コガネキッチン」と宿が併設されていますよね。宿泊サービスなど、普通は銭湯ではやっていないサービスを黄金湯ではやってみようと思った理由はありますか? 

銭湯の文化を体験してもらいたいからですね。都内でも日本でも、宿をやっている銭湯はそんなにないと思います。それと、銭湯が生き残る方法を考えてはいたんです。520円(※取材当時)と金額が決まっている中で大きな改修工事をすると、収益を出さない限りは次の世代に残せないし設備も直せない。一度改装して終わりで、続かないんです。その中で銭湯を文化として残すためにも、銭湯を体験できる宿があった方が良いと思って始めました。

Q:コガネキッチンは、お風呂に入らなくても立ち寄れるのが魅力的ですよね。

お風呂入りたくない人もたまにいらっしゃるんです。「ここ(コガネキッチン)で待ってる」みたいな。でも、どんなきっかけでもいいですね。全部、銭湯や黄金湯を知ってもらえるきっかけづくりの一つとしてやっていますから。

レコードが繋いだコミュニケーション

Q:黄金湯では、店内のBGMがすべてフロントのアナログレコードから流れていて、ロビーから脱衣所、お風呂場まで音楽が行き渡っているのが特徴的だと思います。フロントにはDJブースが設けられていますが、リニューアル時には入り口をそういったスペースにしようと決めていたんですか。

そうですね。そこからサウナ室まで音を届けようという計画はありました。街の社交場みたいな感じで、フロントはお風呂上がりも楽しめる場所として作っています。 

Q:どんなきっかけで、音楽と銭湯を掛け合わせるようになったのですか。

改装前は、黄金湯では音楽を流していませんでした。 でも、あるときレコード好きのスタッフが「フロントでレコードを流してもいいですか?」と聞いてきたんです。お客さんがくつろいでいるフロントにターンテーブルを置いて、彼女が持ってきたレコードをかけてみると、お客さんがすごい喜んで。そのときは高齢のお客さんしかいなかったから、家にいっぱいレコードあるんだよ、それ眠っているし今度持ってくるよ、寄付するよって。それで、頂いたレコードをかけていると、お客さんが喜んで脱衣所で歌いながら着替えたりしていたんです。

若いお客さんが来たときにレコードが流れていると、「これなんですか?」「見たことないです」となって、そこにいたおじいちゃんと若い方がフロントを介さずに「俺の時代はね」ってすごい会話が弾んでいたんですよ。そのとき、接点がなかった人たちが、音楽を通してお風呂以外で会話できるというのがすごく素敵だなと思ったんです。それで、銭湯を改装するときにターンテーブルを2台置いて、DJブースまで作りました。

黄金湯のDJブース(写真提供:黄金湯)

Q:黄金湯において、音楽はどのような役割を担っていると感じていますか。

音楽は、コミュニケーションの一つになっていると思いますね。でも、音楽には難しさもあって。人によって音楽の音量やジャンルは「なんか違うんだよな」と感じることもあるので、気をつけないといけないなと思います。音楽によっては、楽しみにしてくださっている方が「ちょっと違ったな」みたいなのがありますから。

とはいえ音楽と銭湯の相性は良いと思っています。音楽ってムードや空間を作るものなので、大事ですよね。 

Q:黄金湯は、お客さん同士の交流が生まれる場にもなっていると感じます。そういう場にしようと、何か心がけていることはあるのでしょうか。

特に交流してもらうことを意識したわけではないんですけど、自分たちスタッフが楽しく立てればみんなが楽しくなるのかなとは思っています。スタッフにも楽しんでやってもらいたいなと思っていますね。

黄金湯を『第二の家』に

Q:宿泊やコガネキッチンなど、黄金湯が行っているサービスにはお客さん視点に立ったものがすごく多いと感じていて。お客さんの視点や目線で考えるためにどんなことを心がけていますか? 

常に、お客様視点でいるようにはしています。でも、銭湯が良くない限りはキッチンやホテルを頑張ってもしょうがないんです。スタッフにも言っているんですけど、黄金湯は「清潔」「快適」「適温」この3つは絶対に守るように言っています。

地域の方がいて銭湯が生かされているし、ここに住んでいる方に利用していただいているから90年続けてこられたので、ずっと続けていくためには銭湯の良さを伝えていかないといけない。そのためにはお客様目線になって、どんな温度が好みなのか、どうすれば快適に使いやすいか、というのを考えています。好きな温度や入り方は、人によって全然違うじゃないですか。だから、「気持ちいい場所を提供しているか」ということを、スタッフにはいつも考えながらやってもらうようにしています。

(写真提供:黄金湯 photo:Yurika Kono )

Q:お客さんに感謝の言葉をかけられる場面はありますか。

フロントや道端でありがとうと声をかけてもらうことはありますね。でも、毎日やっているから、改まってありがとうとはあまり言われないんですけど。「今日良いお風呂だったよ」「今日の入浴剤良かったよ」って言ってもらえると、ちょっとしたことでも良かったなと思いますね。 

Q:これからの黄金湯を、お客さんにとってどんな場所したいですか。

日常のリラックスして、一瞬でも気持ち良くなってもらいたいです。一日の中で「今日色々あったけど、明日も頑張ろう」と思えるような。未来を続けるひとつであるお風呂の、入浴の場所にしたいなと思っています。来たら落ち着く第二の家のような、懐かしくて行きたくなる場所にしたいですね。

何か大きなことをやろうとか、そういうことはないんです。普通に淡々と営業して、粛々と続けていけたら良いなと思っています。

雨上がり、黄金湯の姿(photo:ジョキョウソジ)

(インタビュー:2024年6月)

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