公益財団法人国際文化フォーラム

「教える」から「学ぶ」へ

溝上慎一(京都大学高等教育研究開発推進センター教授)

1.高等教育におけるアクティブラーニングの提唱とその背景

高等教育で提唱され、世界的に推進されているアクティブラーニング(AL)は、簡単に言えば、講義一辺倒の授業を脱却し、書く・話す・発表する等の活動を入れる学習論のことである。

話す、発表するといった活動を入れることは、学習に他者や集団を組み込むことを指す。それは、学習を個人的なものだけでなく、社会的なものにもしていく意味がある。他者の考え方やものの見方に触れながらある物事を理解すること、ある課題にグループで協同して取り組むこと等が、まさに社会で求められている。個人ひとりの知識がいくらあっても能力がいくら高くても、今日の多くの社会的問題、職場での問題はひとりでは解決されないといった事情も、ここでは重要である。さまざまな知識や考え方、背景をもつ他者と議論したり他者の前で発表したりする、ジェネリックスキルと呼ばれる技能・態度(能力)を大学教育で育てることが、これまでの知識の習得に加えて重要だとされる。

そもそも、明治以来の近代の大学教育は、出自(親の身分や生まれた土地など)からの脱却という社会的機能を内包させて登場した。大学で学ぶことは大卒という教育資格を得ることを指し、どんな職にも就ける自由と可能性が与えられることでもあった。教育資格で求められたのは、主として知識であり、それこそがこれまでの大学教育の大きな目的と見なされてきた。しかし、知識基盤社会、社会の情報化・グローバル化の到来によって、ただ知識を習得するだけで社会の有為な人材になれる時代は終焉している。今や、知識を活用したり知識をもとに探究したり、その過程で情報を収集したり、まとめた考えや知見を大勢の前で発表したりといった活動、ひいてはそれを支える技能・態度(能力)が求められている。もちろんこれらは、これまでの教育でまったく求められてこなかったわけではない。

しかし今日求められているものは、かつての比ではない。情報化が進むなかで、これまでの知識は相対化され、新たな知識は次々と産まれ、それが世界中どこからでも一瞬で情報として発信されるようになっている。異なる立場、異なる文化の人びとが容易に、頻繁に交流する状況が創出され、お互いの持っている知識や見方、文化を交換する機会が激増している。ときにそれがイノベーションを起こし、そのイノベーションがさらに私たちの世界を変えていく。このような社会で、力強く仕事をし社会生活を営むために、大学教育は、上述した「書く・話す・発表する」に代表する活動と、それを支える技能・態度(能力)を育てようとしている。

大学教育は、何を教えるか(teaching)から、学生が何を学習しどのように成長するのか(learning and development)という場へと転換している。これは、教授学習パラダイムの転換と呼ばれており、ALはこの転換をはかるための有効な方法である。またALは、大学教育の成果を出口の社会と繋げるべく、「学校から仕事・社会へのトランジション(移行)」の課題解決のための方法でもある。

2. 初等中等教育にも導入されるアクティブラーニング

ALが初等中等教育にも導入されることとなった。次期学習指導要領改訂の目玉ともなっている。下村文部科学大臣の諮問から言葉を拾えば、ALとは「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習」のことである。別のところで、「何事にも主体的に取り組もうとする意欲や多様性を尊重する態度、他者と協働するためのリーダーシップやチームワーク、コミュニケーションの能力、さらには、豊かな感性や優しさ、思いやりなどの豊かな人間性の育成」に関係づけられるものとも述べられている。大学教育で説明されるAL と比較すると、他者や集団を活動として組み込み、学習を個人的なものから社会的なものへとしていく点、生徒の技能・態度(能力)をはじめとする成長を図っていく点に共通点が見られる。重要なポイントは、ほぼ同じである。

相違点は、初等中等教育のALの説明に、講義一辺倒の授業を脱却することが述べられていないことである。大学教育では、この点こそがまずもってのAL の意義と説明される。しかし初等中等教育では、すでに「言語活動の充実」を通して、特に話す、発表する等の(言語)活動を授業に組み込むことを前学習指導要領の目玉として説いている。講義一辺倒の授業からの脱却はすでに謳われている。こうしてAL は、言語活動を中核的活動に位置づけて、初等中等教育から大学教育まで一つの用語で、出口の社会に繋げていく学習論となったのである。

3. アクティブラーニングからディープ・アクティブラーニングへ

AL は書く・話す・発表する等の活動に基本がある。しかし、それを導入するからといって、これまで目指されてきた物事の深い理解・深い学習が目指されなくなるわけではない。どれか一つということではない。松下佳代・京都大学高等教育研究開発推進センター教授は「ディープ・アクティブラーニング」と呼んで、AL の活動に「深く関与」することはもちろんのこと、これまでの学習でも目指してきた「深い学習」「深い理解」をも目指してこそ、AL はこれまでの学習論を包含した、より高次の学習論となると説く。なお、ここでの深い学習とは、主にフェレンス・マルトンらにしたがって、既有知識や経験を新たな知識と繋いで、知識世界を構造・再構造化することと理解されるものである。

また、深い理解とは、ジェイ・マクタイらにしたがって、事実的知識や個別的スキルといった浅いレヴェルから、転移可能な概念としての、あるいは複雑なプロセスとしての知を習得するレヴェル、原理と一般化をはかるレヴェルへと、知の個別的| 抽象的| 一般的構造の観点から理解を深めることを指す。

活動を入れながらも、しっかりと知識の定着、深い学習をこれまでと同様に目指さなければならない。つまり、ALをディープ・アクティブラーニングへと、より高次の学習論へと繋げていかなければならない。求められるハードルは上がっているのである。

4. アクティブラーニングを成功させるためのポイント

AL 型授業では、生徒の授業への参加のしかたが非常に重要となる。彼らが楽しく参加すれば、ALの技法や指示をいろいろ盛り込んでいくことができるが、そうでなければ、技法や指示が生きてこない。その意味では、私の考えるAL を成功させるための第一のポイントは、AL に楽しく取り組ませるクラスの雰囲気をつくることである。私の大学の授業であれば、授業冒頭にグループでのウォームアップを必ず行う。まず、グループ内で話す順番を決めて、「第一話者の人、手を挙げて」と求める。ここをかなりしっかりやる。挙げていない者がいれば、そばに行って「誰?」と尋ねてしっかり挙げさせる。ここで手を挙げさせられないようでは、その後のAL でいくら技法を入れても、いくら指示をしても、その技法や指示は伝わらない。

次に、ウォームアップ課題を与える。「お昼は何食べた?」「お菓子は何が好き?」などできるだけ日常の話題で、一人一分の自己紹介をグループ内でさせる。

この二つがうまくいけば、その時間のAL の技法や指示はだいたい通る。これが私の経験則である。ちなみに、私が教育顧問をしている桐蔭学園(中学高校)では、全教科でAL を導入しているので、毎時間AL をするのが生徒にとって当たり前になっており、ウォームアップは次第にやらなくなった。しかし、まだそういう状況でない学校なら、ウォームアップは入れたほうがいいと思う。

もう一つ。クラスの雰囲気づくり以上に大切なのは、いうまでもなく、AL の良質な課題を与えることである。課題の「良質」さを決めるのは、課題のおもしろさ、課題に対する適度な概念的葛藤である。

例えば、桐蔭学園の地理の教員は、中国の西高東低という地形を理解させるのに、白地図上で、「中国の地形を大きく二分する境界線を考えて白地図の中に引きなさい」という課題を与え、グループワークをさせた。地図帳を眺めて、大シンアンリン山脈とユンコイ高原を結ぶ標高500mの線に気づくこと、河川が東流、南流していることを認識できているかを問う課題であった。「中国の地形は西高東低です」と教えてしまえば簡単であるが、この課題を課すことで、西高東低に関わる山脈や高原との関係、河川の流れる向きなどの知識も関連させて理解させることができる。しかも、それをグループワークとしてさせることで、山脈や高原との関係には気づけても、河川の流れる向きには気づかない者がいて、それを他の生徒が気づいていることで、自分の至らない理解を知ることができる。互いに教え合うことで、理解を相互補完することができる。一つの知識を他の知識と繋げることで(深い学習)、あるいはさまざまな理解のしかたを採ること(深い理解)で、アクティブラーニングがディープ・アクティブラーニングともなる。

AL技法の一つであるピアインストラクションの提唱者であるハーバード大学の物理学者エリック・マズールは、適度な概念的葛藤を引き起こす問題を、30〜70%の者が正解に導かれるような問題と定義する。つまり、誰もが正解になるような簡単すぎる問題ではなく、逆に誰も答えられないような難問でもない、その中間程度の問題が生徒の適度な概念的葛藤を引き起こす、という説明である。もっとも、これはこれまでの講義を中心とする授業のなかでも求められてきたことであって、ことさらALで強調することではないかもしれない。

桐蔭学園のAL 研修で、ある教員が、「AL を成功させるためのポイントは、これまでの講義型授業で求められてきたものと本質的に同じですね。それは、生徒を前にして授業者としての存在感を示すこと。生徒と対面での真剣勝負をすること」と言ったことを、私はよく思い出す。その通りだと私も思う。AL に技法はいろいろあるが、技法を入れれば、AL 型授業が成功するわけではない。 ALを導入したときに、問題は次から次へと出てくるだろう。しかし、一つずつ解決して、とにかく前へ進むことが重要である。学校教育の新しい社会への再適応を考えれば、「やはり講義中心の授業がいい」といった選択肢はもはや考えられない。大変だが、問題を解決して、少しでも良いAL を作り出していくことを願ってやまない。

参考文献

『ディープ・アクティブラーニング-大学授業を深化させるために-』(松下佳代・京都大学高等教育研究開発推進センター編著、勁草書房、2015 年)

『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』(溝上慎一著、東信堂、2014 年)『どんな高校生が大学、社会で成長するのか-「学校と社会をつなぐ調査」からわかった伸びる高校生のタイプ』(溝上慎一責任編集、京都大学・河合塾編、学事出版、2015 年)

『理解をもたらすカリキュラム設計-「逆向き設計」の理論と方法-』(ウィギンズ, G・. マクタイ,J.著、西岡加名恵訳、日本標準、2012 年)

※事業報告書『CoReCa2014-2015』(2015年8月発行)に掲載。所属・肩書きは掲載時のもの。