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人間に迫る

vol.2

初音ミクの誕生

佐々木渉(ささきわたる)、北海道在住 クリプトン・フューチャー・メディア株式会社に在籍

2017.06.28

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©劉成吉

人気バーチャルシンガー、「初音ミク」の生みの親として知られる、佐々木渉さん。「初音ミク」の正体は、コンピュータに楽曲を歌わせるソフトウェアだ。そのソフトウェア開発への思いを、佐々木さんが語った。佐々木さんにとって初音ミクとは、「幅広くテクノロジーを意識させてくれるもの」なのだという。


日本のカルチャーを踏まえた製品開発

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「HATSUNE MIKU EXPO」中国ツアー
© Crypton Future Media, INC. www.piapro.net / © SEGA Graphics by SEGA / MARZA ANIMATION PLANET INC. Production by Crypton Future Media, INC.


ボーカロイド*とは、歌詞とメロディを入力して、コンピュータに歌を歌わせるソフトウェアです。当初はソフトウェアを開発した YAMAHAと、英語圏で展開することを考えていました。製造販売のクリプトン・フューチャー・メディアは、海外のサウンド制作会社と深いつながりがあったので、複数の会社に声をかけて、製品も英語、日本語、スペイン語......という順で開発を予定していました。

でも、英語圏での展開があまりうまくいかなかったんです。宗教と絡んで、「人が人をつくる」ことへの抵抗感があって......。だから僕が日本向けの製品開発を担当することになったときは、日本のカルチャーに合うものにしたいと思っていました。

そこでまず、「ボーカル」と「アンドロイド」の合成語である「ボーカロイド」という語の印象から、どのような売り出し方がいいのかを探っていきました。SF映画でよく使われているのが合成音(シンセサイザー)ということもあって、SF、つまり未来的なものをテーマにしようと思いました。さらに、日本のSFカルチャーの中で作られた女性型アンドロイドのイメージや、アニメや漫画のようなイラストイメージと合うものにしたいと考えました。

*ボーカロイド:ヤマハ株式会社が開発した歌声合成技術および、その応⽤ソフトウェア。「VOCALOID(ボーカロイド)」および「ボカロ」はヤマハ株式会社の登録商標です。

初音ミクでこだわったこと

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©劉成吉

声で特にこだわったのは、声の明るさです。明るくて高い声に、未来的なイメージがあるからです。日本の歌謡曲の歴史をたどってみると、山口百恵さん、中森明菜さんなど以前のアイドルって、声は低かったですよね。それが、おニャン子クラブ、モーニング娘。、 AKB48、アイドル声優......と、だいぶ声が明るく高くなってきているんです。実は、日本だけではなく、世界的にもそういう傾向がみられます。将来は、もっと高くなっていくでしょう。

それから、華のある声にしたいと思いました。日本ではタクシーや電車のアナウンスに女声の機械合成音が使われていることがありますが、無機質で音がこもってるような印象です。そういえば子どもの頃から、テレビのナレーションって少し威圧的で、人間味がなくて怖いと思っていたのですが、中学生のときに聞いた学校の放送局の女の子のアナウンスは、無機質だけどかわいい声だった記憶があります。めざしたのは、そんなバランスの声です。

ボーカロイドは人間の声を録音して、「あ」や「か」など、ひらがなの音ごとに分割して登録して、それを機械で組み合わせることによって歌わせます。音のつなぎ目が目立たないように機械的な処理をする過程で、元の声は少し失われてしまいます。すると、イントネーションも人間の声より、やや平坦になるんです。そうした元の声とは違う特徴をもつ声になるので、これは人間とは別の一つの個性をもった、「バーチャルシンガー」という独立した存在にしたいと思いました。

初音ミクの声をさがして

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©劉成吉

まず、ボーカロイドの元にする「声」をさがして、大手声優事務所3社に所属している声優さんのCDを取り寄せて全部聞き、さらにデビューしたての方々のCDも取り寄せて聞きました。そして選んだのが、若手声優の藤田咲さんでした。藤田さんの声は、かなり高音が強くて伸びがありました。しかもそれが地声的だったので、そのあと何度も録音するためには、演技した声よりも安定していているだろうと思いました。

初音ミクのキャラクターの容姿は、先に体型や年齢の設定を決めて、イラストレーターにお願いをしていました。「声」が決まった時点で、YAMAHA 製のシンセサイザーDX7をモチーフにしようと思いました。DX7は、金属音やかなり高音の電子音が出ることで有名だったんです。「初音ミク」も声が高いことと、YAMAHAの技術を使っていることにかけたんです。
イメージカラーの少し奇抜なブルーグリーンも、DX7の色に合わせました。もしDX7がモチーフじゃなかったら、まったく異なる外見になっていたかもしれませんね。

現代のニーズとネットに乗って

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©劉成吉

2007年に初音ミクをリリースすると、すぐに予想以上の反響がありました。その理由の一つは、日本の生活環境にちょうどうまくハマったからなのかなと思います。アメリカでは日曜に教会で歌ったり、週末はパーティーを開いて集まったりするそうですが、日本はマンション暮らしの方が多いし、オープンに声を出したり、集まって楽器を演奏したりできるような場って少ないですよね。ちょうど当時は「草食男子」という言葉が出始めた頃でもあって、飲みにも行かないし、会社の先輩後輩でコミュニケーションもあまり取らないと、大人たちが言い始めた時代でした。こうした環境で、一人で音楽を作って、ボーカロイドに歌わせたいというニーズの蓄積があったのでしょう。
ネットの大容量通信インフラの流れに乗っかった、というところも大きかったです。ちょうどネットでコミュニケーションをして、動画作品を発表することが広がってきた頃で、初音ミクに自作の曲を歌わせて発表するという活動も、その流れで広がっていきました。

すると、すぐに東京の大手企業から「初音ミクのCDを出しませんか」「初音ミクをアイドルとして事務所に登録しませんか」といった申し出もいただきました。

日本の音楽業界って、ほとんど東京が中心に動いています。でも、お断りしたんですね。うちの会社は札幌にあるし、もともとネットが好きな人たちが集まっています。ですから、そういうことは、ネットで広がるだけ広がって、落ち着いてからでいいかなと思っていたんです。「僕たちは北海道にいるんで」と、断りやすかったという面もあります。

楽しみ方は千差万別

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©劉成吉

すると、都市伝説じゃないですけど、ネットでどんどん広がって、「初音ミクって何なの」という状態が、しばらく続きました。「そんなアニメってあったっけ」とアニメファンは言うし、「機械の歌声は聞き取りにくいんだよね」と批評する音楽ファンもいました。アンチの人もいましたが、議論の的になるから、なおさら広がったんだと思います。「あの長い髪の毛なら、ダイナミックな構図がつくれる」と楽しむフィギュアファンがいて、ゲームやコスプレ、カラオケから知るファンもいました。

僕らも全部を見聞きできているわけではなかったし、誰も全貌は分かりませんでした。でも、その「自分が初音ミクのご意見番だ」という人がいないという状態は、みんなからしてみれば、「面倒くさい奴がいないからいいよね」というところがあったんじゃないでしょうか。入り口も楽しみ方も千差万別で、みんな、それぞれに楽しんでもらえました。

ボーカロイドの声の魅力

2009年以降には、ファンの希望を叶えるということで、ある種のオフ会も兼ねたライブも始まりました。それが盛り上がったので、2013年に横浜で企業と一緒に水を噴き上げさせて、その水のスクリーンに初音ミクを映す、というライブイベントなどもやりました。

雲に映してみたり、網戸に映してみたりと、新しいテクノロジーと初音ミクを掛け合わせるような試みもやっています。人間がデジタルの楽しさを訴えかけるよりも、初音ミクにやらせたほうが、「そりゃ、自分もデジタルだもんね」という納得感があるんですよね。

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「HATSUNE MIKU EXPO」中国ツアー
© Crypton Future Media, INC. www.piapro.net / © SEGA Graphics by SEGA / MARZA ANIMATION PLANET INC. Production by Crypton Future Media, INC.

ボーカロイドの声には、拙さもあるけど人間にはない良さがあるんです。ボーカロイドなら高音を出し続けることができるし、複雑なメロディで歌わせたいというニーズにも応えられます。人間は疲れや感情の起伏が歌に出ることがありますが、ボーカロイドならそんな心配もありません。とはいえ、人間のいいところを取り入れつつ、悪いところははずしていきたいです。その上で、歌手としてもっと表現力を高めていけたらと思います。さらに、歌うだけでなくて、話をしたり、歌舞伎などの芸術舞台にもチャレンジしたりして、別の役を演じることができるようになったらいいですね。

それから、他のシリーズのキャラ間で、声をもっと差別化したい。多言語対応も進めていきます。まずは、中国語版をリリース予定です。

大きなシステムで生きていることを意識する

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©劉成吉

僕にとって初音ミクは、テクノロジーを意識させてくれるものです。自分が生まれたときから日本には戦争がなかったですし、インフラも整っていました。自分は何か大きなシステムの中で生きていて、レールの上で自動的に運ばれている。そんな感覚がありました。

でも、そのシステムやそれを動かしているテクノロジーを意識しながら生きないと、自分が今どこにいるのか、わからなくなってしまうと思うんです。
昔からテクノロジーのこと、社会のこと、音や声のこと、いろんなことを何でなんだろうと考えるのが好きで、それが僕の趣味でした。初音ミクはさらに、それを仕事にまでしてくれた部分があります。ありがたいと思っています。

そういえば初音ミクを作ったあと、僕が幼稚園児のときに書いた「将来なりたいもの」みたいな紙が出てきたと、母親から連絡がありました。そこには「ロボット」と書いてあったんです。ヒーローもののアニメに出てくるような、人間にはできないことができる、人型ロボットにあこがれていたんでしょう。今、幼稚園児の頃の夢が、半分くらいは叶っているような気がしますね。

【インタビュー:2017年1月】
構成:山岸早瀬


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