公益財団法人国際文化フォーラム

学びの探究とデザイン報告

教育しか残せない時代に―【後編】学ぶ内容を遊びとして扱えるか

遊びから学ぶ

哺乳類と一部の鳥類を除く動物は大脳新皮質をもっていません。論理的に考えなくても、種に必要な活動をまわせていけるからだろうといわれているそうです。

たとえば、爬虫類のワニは生まれたらすぐワニとして生きていけますが、小鹿がどの草を食べられるか親から教えてもらうように、哺乳類は生まれたあとに学んで自立していきます。

そして、哺乳類のなかで、座学の時間で勉強する動物は人間以外にたぶんいない、とテンダーさんは言います。
  
  

「えっとね、『遊びが学びに欠かせないわけ』*っていう本がお勧めです。この本は、遊びっていうプロセスが学ぶための方法だったんじゃないかって説を書いていて、おれはそれを信じている」

この本では、子どもが生存するためにいちばん必要なものが遊びとして採択されているのではないかと推論しています。

アウシュビッツでは、強制収容されたユダヤ人の子どもたちが、看守役と収容者役になって「ごっこ遊び」をしていたそうです。それが子どもたちにとって重要なことだったから、遊びで何回もシミュレーションをしていたのではないかとテンダーさんは言います。

たとえば、子どもたちがサッカーをして遊ぶとき、一人強い子がいて、10回やって10回ともその子のチームに負けてしまうような状況になると、「もうその子1人対21人でいいじゃん」とルールを変えてしまったりすることがある、とテンダーさんが例をあげます。

勝つことが目的の競技スポーツの世界ではそういうことは起こりません。けれど、遊びの目的は遊ぶことなので、お互いの力が均等で、勝つか負けるかわからないのがおもしろい。

そうやっておもしろく遊ぶ工夫をするなかで、民主主義やコミュニケーション、体の動きなど、さまざまなことを学んでいるのではないかと考えられます。

さらに、竹トンボのようにものをつくる遊びだったら、どういう材質でどんなつくりかたをして、どのような動作をしたらよく飛ぶのかといったことまで身についていきます。

つまり、人間を含む哺乳類には、遊びを通して自己教育する本能があるということだろう、とテンダーさんは言います。
  
  

現代の遊びを考えてみると、ビデオゲームが大きなパワーをもっていて、大会の賞金が1億円というケースもあります。ビデオゲームは、子どもたちが容易にアクセスできる遊びで、大金を得られる可能性もある。ゲーム産業は成長産業で、社会的に成功しているゲームクリエイターも多い。

そういう社会デザインのなかで、子どもを「ゲームやりすぎ」と叱っても現実的な力がない、とテンダーさんは指摘します。

*『遊びが学びに欠かせないわけ』(原題:Free to LEARN) ピーター・グレイ著、築地書館
  
 

自己教育の環境をととのえる

人間は「闘争か逃走か反応」が起きると論理が働かない脳の仕組みをもっている。そして、遊びから学ぶという自己教育の本能をもっている。その二つをふまえた上で、テンダーさんは次のように話します。

「安全と安心の保証はとっても大事。それがあって、相手が望んで受けとってくれれば、相手がそれを遊びだと思ってくれれば、すごくはやく自己教育が発動するんじゃないのかなって最近思っている」

冒頭のシステム思考のワークでは、テンダーさんが方法を教えなくても、参加者どうしで「こうやったらいいんじゃない」「これすごいんじゃない」と、おもしろがって取り組む様子が見られました。

安全と安心が保証されていて、楽しい遊びで、自分が心から望んでやると、誰もなにも教えていないのに自己教育が起きてくる。個々の能力の問題ではなくて、環境がととのっているかどうかだ、とテンダーさんは言います。

「自分が自分に教えて自分を育む環境の用意は、周りの大人たちができるんじゃない? 素敵だよね」

さらに、環境をととのえた上で、相手に理解してほしいことを遊びにできるかどうかが重要だと話します。

たとえば、「火起こしをやりましょう」だったら、熱力学、摩擦、分子構造や熱崩壊、素材のこと、身体の使い方まで、火起こしから派生するすべてを、遊びとして楽しみながら学ぶことができます。

そういう学びは、「熱力学の単元」、「摩擦の単元」のように切り離してしまうと難しくなってしまう。テンダーさんは、「学問は常にこの世界を切りとろうとする。けれど、学問はどこまでいっても後から来てる。生きてるほうが先だから、現象があって学問がある」と言います。
  

論より証拠ということで、次はベランダに出て、いよいよ火起こし体験です。
  
  

火起こし―「生存のためのプロセス単位」で学ぶ

最初に、テンダーさんがデモンストレーションをしました。杉の板にあけた小さな穴にセイタカアワダチソウの茎を差し込み、両手で挟んでゴシゴシと回転させていきます。


煙が出始め、小さな火のかけらが出てきたら、それを麻ひもをくしゃくしゃに丸めた火口(ほくち)に移します。まだ火は起きません。ちなみに、この火口で火種を包んでおけば、数時間発火せずに保存できるそうです。

テンダーさん 「はい、みなさんに質問です。燃えるためには何が必要ですか? 3つあります」

参加者 「酸素」「もの」……

テンダーさん 「酸素と温度と燃えるもの。今、足りないものはなんですか?」

参加者 「酸素」

テンダーさん 「なんで、なんで?」

参加者 「なんか……。酸素が遮られていると思う……」

テンダーさん 「理科の先生にたくさん火起こし説明してきたんですけど、燃焼の3原則は知っている。でも、目の前でくすぶる火を見て、今これが足りない、こうしたらいいと経験と結びつけて話せる人はほぼいません。それが恥ずかしいとかじゃなくて、お伝えしたいのは、経験から解離した知識っていうものと、経験と結びついている知識と、どっちが生きていくうえで有利かということです」


その後、やってみたい人たちが、「自由意志」で、火起こしにチャレンジしました。

摩擦で板が熱くはなるものの、火は起きません。1人だと体力を消耗するので、自然とグループができ、阿吽の呼吸で交替しながら火起こしを続けています。

テンダーさんは、ところどころで、「今足りないものはなに?」「考えて! 考えて!」と問いかけます。

参加者のみなさんも、テンダーさんのお手本を見て自分たちとなにが違うのか考えたり、「ああしたら」「こうしたら」と話し合ったりしながら、結局1時間近く火起こしに熱中していました。

なかなか簡単にはいきませんでしたが、テンダーさんに少し手助けしてもらって、火起こしに成功したグループもありました。


テンダーさんは、この火起こしのように、楽しくて、誰も損をしない、哺乳類が本能としてできるようなことを「自己教育」と捉えています。

火起こしのような「生存のためのプロセス単位」で学ぶ内容を決めていくと、とても滑らかに学習ができると言います。ほかにも、たとえば、電力自給だったら電流や電圧や自分の暮らしに必要なエネルギー量、雨水利用だったら水圧やパスカルの原理や光合成、微生物、細菌という具合に、遊びながらいろんな学びを網羅することができます。
  
  

「サバイバル理科」の試み

実際に、そういう学びの場を試みているのが、テンダーさんが鹿児島の鳳凰高校で担当している「サバイバル理科」の授業(総合的な探究の時間)です。今回体験したシステム思考や火起こしのほかにもさまざまな活動をしています。

その一つに、ロープワークがあります。

テンダーさん 「中学校の理科で習う動滑車の原理って知っていますか?」

会場 「……」

テンダーさん 「みんなが顔をそむける動滑車っていう……。」

テンダーさんは山で暮らしているので、猪をつるしたり、重いものを運んだりと、動滑車の原理は比較的身近な考え方だそうです。理科を教えていても、動滑車が生活に身近な人は多くないかもしれません。

テンダーさん 「『動滑車の原理の悲劇』って呼んでるんですけど、動滑車を触ったことのない人が、これから人生で動滑車を触ることもないであろう子どもたちに、動滑車の原理を教える。落語かよ、みたいな話で」

会場から笑いが起こります。

テンダーさん 「動滑車の原理って、日常で目にする形としては、ロープワークなのね」

動滑車は、つまり、「少ない力で軽く動かす。その代わり、動かす距離が増える」ということだとテンダーさんは説明します。

鳳凰高校のロープワークの授業では、高校生たちが重い机を指を動かすだけで持ちあげたそうです。今回は、普通のお店で安く手に入るロープを使い、会場でいちばん重い机を南京結びで持ちあげる実験をしました。

写真:テンダーさん提供

  
  

ほかには、3Dプリンターでつくった人工ひじを装着して、腕ずもうでいちばん力の弱い子が強い子に勝つという授業もありました。人工ひじの位置を変えながらどうやったら勝てるか試していくことで、支点・力点・作用点の仕組みが感覚的にわかってくるそうです。

写真:ダイナミックラボ提供

  
  

薩摩藩の錫鉱山があった地域の小中学校で、子どもたちの間で流行っていたベイブレードのパーツを錫を鋳造してつくった話も紹介してくれました。

本来は鋳物砂というきめ細やかな砂を使うところを、このときは、3Dプリンターでつくった原型に紙粘土を押しつけて型をつくり、錫を流し込んだそうです。

触ったことのないものが必要となった瞬間に、自分たちの世界の話ではなくなるとテンダーさんは言います。だから、子どもにとってわりと身近な紙粘土のように、「なるべく触ったことのあるものでやる」ことを大事にしているそうです。

写真:テンダーさん提供

  
  

テンダーさん 「別にたくさん論文を読んだとかではなくて、本を読んで勉強する限り、哺乳類にはどうやら自己教育の本能があって、遊んで興味から学んでるときがいちばん能力が発揮できて、吸収もよくできて、何より楽しいっていうことがわかったのだったら、そういうふうにプログラムをつくるのが、スカスカの地球をつくってしまった先人の、せめてものできることではないのかなって思うのね」
  
  

ゴミからどうやって生きていくか

最後に、ペットボトルキャップから角材をつくって沖縄にドームハウスを建てるという最近の取り組みについて話してくれました。

テンダーさんは、ペットボトルキャップを自作の機械で破砕、射出成形して住宅用の丈夫な角材をつくっています。さらに、アルミ缶を溶かして金型をつくり、そこに溶かしたプラスティックを流し込んで、角材の接合部分をつくろうと試みています。

写真:ダイナミックラボ提供

沖縄でプラごみからドームハウスをつくることの意味について、テンダーさんはこう考えています。

「沖縄は海岸漂着ゴミが多くて、台風が直撃するところで、賃金格差もある。たとえば、東京の企業のコールセンターは沖縄に集中している。基地周辺の学校では、騒音で授業に支障が出ているところもある。そういうさまざまな不利な条件があるなかで、海岸漂着ゴミから普通の家より台風に強い家がつくれれば、家をつくるためのお金も漂着ゴミも、台風も、問題が問題じゃなくなりうる」
  
  

テンダーさんは、地下資源をほとんど掘り尽くしてしまった今の世の中で、どういう環境にある人でも等しく手に入るゴミをつかって生きていける方法を確立しようとしています。それが、お金で問題が解決される世の中よりも多くの人にとってやさしい文化が醸成されていくこと、そして環境をよくしていくことにもつながると考えているからです*。
  
  

*テンダーさんの試みと考え方について詳しく知りたい方は、ダイナミックラボのウェブサイトをご覧ください。
ダイナミックラボ https://sonohen.life/
  
  

*記事を書くにあたって、ダイナミックラボ のウェブサイトのほか、以下の書籍を参考にしました。
『地球のなおし方 限界を超えた環境を危機から引き戻す知恵』(デニス・L・メドウズ、ドネラ・H・メドウズ(ダイアモンド社)
『遊びが学びに欠かせないわけ』(原題:Free to LEARN、ピーター・グレイ著、築地書館)

(事業担当:室中直美、宮川咲)

事業データ

教育しか残せない時代にー知識と実体験を融合する 鹿児島「サバイバル理科」の取り組み

期日

2019年11月10日(日)

場所

SHIBAURA HOUSE(東京都港区)

講師

テンダー(小崎悠太)さん・環境活動家、ダイナミックラボ運営
https://sonohen.life/

参加者

小中高校の教員、教員志望の学生、小中高校の教育に携わる方など 36名