すぐに答えを求める前に現実を見て

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PEOPLEこの人に取材しました!

岩崎雅典さん

映画監督

岩崎さんは、自ら立ち上げた映像制作会社「群像舎」で、さまざまな作品の製作を行う記録映画監督だ。大学卒業後、放浪の旅に出て映画の仕事と出会い、日本の伝統文化や野生動物を追いかけて来た岩崎さんが現在取り組んでいるのは、フクシマに残された動物たちを記録すること。77歳という年齢とも闘いながら奮闘する岩崎さんに話を聞いた。写真は2017年10月にシカゴで講演する岩崎さん。

映画監督になったきっかけ

Q:何をきっかけに映画監督になられましたか。

僕は学生時代に探検部というところに入ってました。当時(1960年代)はまだ外国へね、自由に行けなかった。パスポートもお金もね、制約があって。そういう時代に出来たのが探検部。みんな外国に行きたかった。だけど、僕はその頃、行けなかったんだよね、海外にね。で、卒業して就職したあと、やっぱり、行ってみたいので、会社辞めて、行く準備を先輩たちとしたんだよね。最初は報道写真をやりたいなあと思った。で、インドに行ったんですね。インド放浪、3ケ月行ったの。その帰りに出会った友だちのお兄さんが映画監督だったんですよ。それで、帰ってきてしばらく、まだどうしようかなぁって決めてなかったけど、助監督を探しているって聞いたんだ。全く素人だけどいいかと言うと、いいと言うんで、じゃ、写真より動く方が面白いかなぁと思って。この映画の世界に入ったんです。

伝統文化の記録から野生動物のドキュメンタリーへ

Q:最初は伝統文化や習俗に迫ったドキュメンタリー映画、そして、野生動物の映画になって、今は環境をテーマにした作品を制作していらっしゃいます。

初めは会社のPRために、PR映画を作ってた。そのあと、岩波映画という会社に入ったんですけど、そこで「生き物ばんざい」というテレビシリーズがあった。そこで初めて僕は一人前のディレクター、監督になったわけですね。それは9年間続いた番組なんですよ。で、それにずっと携わった。だから僕はテレビから始まったと言っていいのね。その時出会ったカメラマン達と一緒に「群像舎」という会社を作った。というのはテレビだと、まず一週間から十日の取材しかないから。なかなか自分達が納得するような取材ができないの。動物の生態を撮るには3ヶ月とか1年とかね、2年もかかるようなものもあるので。まあ、要するにテレビは一過性で、一回放送するとほとんど終わりでしょう。それはやっぱりね、面白くない。自分たちの納得する映画を作ろうということで、始めたのが今の映画。

Q:以前の伝統文化分野から、動物を中心にしたきっかけは…?

伝統文化というとなんか、聞こえはいいけどね。僕は「狩猟採集」に興味があります。魚を採ったり、動物を撃ったりして、ハンティングね。日本に数少ないけどいたんです。それはマタギといわれていて、クマ撃つんだけど、秋田の方にいたわけね。それから、映画「最後の丸木舟」で撮ったのは、トカラ列島っていうずっと南の鹿児島の島で、魚を捕まえるために、丸木舟を作るところ。伝統文化って言っていいかわからないけど、農業とは違う、その前の時代にやっていた狩猟採集、ハンティング。山に行って、色んなもの、野菜採ったりする生活を弥生時代の前にやってたわけですよ。日本人は農耕民という風に言っているけれども、違う文化もあったんじゃないかと、興味を持ったんです。

それと並行してテレビ番組「生き物ばんざい」もやってたわけですよ。生活するために、ね。映画ってお金かかるからね。伝統文化ばかりだと、生活は成り立たないと思う。それは余裕ある時にやればいいと思って、どっちかというと動物の方にどんどん入り込んでいく。山の中入ったり、海へ潜ったり。そういう都会じゃないところに行ってやるから、探検部出身だからそういうの楽しくてしょうがなかった。

生き物への思い

Q:群像舎が撮った映像には、「ニホンザル物語家族」という猿の物語、「平成熊あらし」、あるいは「イヌワシ風の砦」など、こういう映画を作った中で一番印象に残っていることは何ですか。

まず「ニホンザル物語家族」というのは、モズという生まれながら手足が不自由で、ハンディキャップ負ったメスのサルでね。このサルが長野県の地獄谷野猿公苑というところで生まれたんですよ。当時、いろんな野猿公苑でモズのようなハンディキャップ負ったり、腕がかけたり、足がなかったり、サリドマイドみたいなサルが生まれたんですよ。で、なんでそういうサルが生まれたのかというのが疑問だったんですね。サルは大体5歳か、6歳で母親なるけども、そのモズは遅くて7歳で初めて子供を産んだんです。で、その子供は子育てできるかというのはまず一番の疑問だし。それから、カメラマン達とも野猿公苑、事務所に相談して、一年間かけたんですよ。原因はわからないけど、遺伝的なものなら、その子供たちを見ていけばわかるでしょう。だから、何年も、死ぬまで、このモズを19年間も追いかけることになるんだけども。答えは別として、なぜこんなハンディキャップを負ったサルがいっぱい生まれたのかという一つの問題に対して、記録する、していくのは我々の仕事だと思って。ドキュメンタリーの仕事はね。それで、そのサルを撮り始めた。

手足が不自由なモズ

それから、イヌワシというのはね、イヌワシは2個卵産むんですよ。だけども、2、3日ずれて生まれるわけ。最初生まれた方はやっぱお兄さんだ、大きいんだよね。後で生まれた方は弟でちょっと小さい。そうすると、お兄さんが弟をつつくんですよ。つつき行動とか言ってね。で、普通人間だったらやめなさいとか言うでしょう、たけど親ワシは来ても、そういうことしないわけ。なんでそうなるんだろうというのが一番疑問だった。これはイギリスのスコットランドでもう観察されていて、兄弟殺しをイヌワシはやるっていうね。実際にそれを映像で僕は撮りたかったわけ。

だから、僕の中では、サルの場合は個体だね、モズという「個体」。ハンディキャップを負った個体が、なぜそうなったのかを追いたい。で、イヌワシは、イヌワシという「種」は日本じゃ絶滅する危惧種で、少ないわけだ。なぜ少ないかというのと兄弟殺しみたいなことをするから。じゃあ、なぜその兄弟殺しみたいなことをするのか、それをやっぱり探りたいというので始めた。でまあ、一応「個体」とイヌワシという「種」にわかりやすくというかなぁ、分けてというのか、テーマでやってるんだ。
「熊あらし」ね。秋田のマタギなんですよ。文化、習俗の話ね。マタギは、あのう、一番の狙いはクマなわけ。クマを冬眠明けのところを集団で狙って撃つんだよね。それで、肉を分けあったり、皮は皆で売って分けたり、一番高いのは「熊の胃」って薬があるんです。誰が熊を撃っても参加した人みんなで分けるんですよ。そういうことをする習俗でね。原始共産制と言っていいのか、そこに僕は感動しちゃって、惚れたんだけどね。そういう生態を見てきて、あの、「熊あらし」は突然里におりてきて、四千頭や五千頭かな、出てきて駆除されたんですよ、熊が出て危ないというんで。これまた、何でこんなことが起きたというのが、一番の疑問で、撮り始めた。

だから、ドキュメンタリーの、なんと言うかな、基本と言うかな、僕のスタンスはなぜこういうことが起きたのか、なんでこうなったのかと言うのが最初はやっぱり動機です。そこから、それぞれの中に関わっている人とつながりながら映画を作るっていうのが僕のスタイル。

Q:つまり、岩崎さんは自分である問題の答えを探そうと思うということですね。

答えを探す…?それほど私は偉くないというか。やっぱり映画の場合、作ったらいっぱい多くの人に見て知ってもらいたいわけです。それが目的ですよね。答えが出ようと出まいと。答えなんか簡単に出ない。今やっている福島なんかでも、放射能のせいだと言って、学者さんがやってもみんな因果関係がわからない状況はいっぱいあるでしょう。だから、すぐ答えを求めるというよりその現実をちゃんと見ていくことがまず大事だと僕は思う。映画でなんか変わるとか、世の中変えるとか、そんな大それたこと全然思ってないね。

フクシマを記録し始めたわけ

Q:福島の放射能汚染についてドキュメンタリーを中心していますが、それは自発の行動ですか、あるいは、なんかきっかけがありますか。

もちろん自発だけど、今言ったように、40年近く野生の動物に関わってきた、テレビ番組も映画も作って。ちょうど70歳になった時、そろそろいいかと。普通でいえば70歳はリタイアしている。70歳なったから、あとゆっくり好きなことをやろうかなと思ってたけども、ドンとああいう事件が起きちゃって。

それで一年間はニュース見てました。まず空気が汚染されたでしょう。森にいろいろ放射物質が増えて、土壌も汚れちゃった。全体、まあ生態系という言葉があるけど、動植物も、要するに生きてるもの全てが汚染、放射能の影響を受けた。だから、それは一体どうなるのか、これは日本は当然初めての体験だし、広島、長崎というね、原爆が落ちたのはありますよ。それから、第五福竜丸っていうのご存知ですか?アメリカの放射能の実験でマーシャル諸島っていう、漁船が灰をかぶって、放射能の影響か機関長かなにか死んじゃったんだよね。そんな事件があった。日本の国の国土が、もろに原爆じゃなくて、原子力発電が事故って、その放射能の物質が拡散したでしょう、あちこち、東京まで来た。それは全然違う初めての体験で、何がこれから起こるか、誰もわからない。学者さんもわからない。僕には長年やってきた動物たちはどうなるだろうというのを少しでも記録してやろうと一年経って思ったんですよ。2011年の3月でしょう。一年間はだから、新聞やテレビやニュースをいろいろ見てたけど、自分が関われるとしたら、そういうテーマで。12年の4月から自分とカメラマンと録音の3人で、とにかくいけるところまでいって、記録しようやと言って始めた。

福島で取材する岩崎さん

ドキュメンタリーの資金問題

Q:今5作目…の途中ですね。一本を作るには、撮影は何日かかりますか。

そうね、自主製作で制約がないから、こっちがいける範囲と予算ですね。ポツポツと2、3日行ったり、長くて一週間もないかな。最初のころは30日近いかな、ロケはね。で、一番問題は製作資金です。お金をどうするか。スポンサーがつくわけじゃないし。

国の助成制度というのがあるんですよ。文化庁の外郭団体。企画書やいろいろな資料を出して。それで出したら通ったんですね。テーマが原発問題だから、僕は一番低い200万の出したら3作目まで通ったんですよ。あとは友人、知人にカンパお願いしてね。足りないところは会社の方で少し出す。そういうめどを立てないと、映画作れないから。それでなんとか。だけど、4作目から助成金なくなった。最後のはもう助成金もらえないんだ、この作品。

Q:ネットのクランドファンディングで300万円ぐらいの資金をもらいました。これは国民からの、1円からの支援です。これは関係のない人たちもサポートしていらっしゃいますか。

それは僕は知らなかったけどね。グランドファンディングというのはアメリカから始まったのかな。日本でもまだスタートして5、6年じゃないかな。3・11原発事故以降なんです。いくつもあるわけですよね、そういう組織が。4本目は今それで300万集まった。 友人、知人にカンパもらって。一般の人がそうやってやっぱりこの原発事故に対する関心を持ってるから、お金出してくれる。不特定多数の、全く知らない。それはこっちとしては有難いし。その人たちの応援メッセージは、このテーマ続けてください、そのくらい長く記録しないと、わからないことがいっぱいある。一般の人はちゃんとわかってる人がいるんだな、とクラウドファンディングで感じましたけどね。

老後についての考え

Q:東日本大震災が発生する前に岩崎さんが70歳になって、もし福島事故が発生しなかったら、今どんな生活を過ごしていますか?

わかりません。ただ、70になった時はね、まだ体は動いて、まわりには生涯現役って、一生働くことね。サラリーマンはある人は60歳、ある人は65歳でリタイアして、その後は年金と退職金で好きなことをやって。僕はその余裕もないけど、やめてどうするかって、そんな趣味はないというか、映画作るのは好きだからやったんで、好きだから続けられるんで、体が元気ならやっぱりやりたい。ずっと元気なら現役やめないでね。

Q:自分でご自身が会社を作っています。そのためには、退職金はないですが、国からの年金はどうですか?

ありますよ。人によってちゃんと納めてれば、あるけどね。僕は一般の人と同じ一番安い年金は払われます。あとは中小企業向けの退職金の積み立て、それでなんとなるから、そういうのはやってるけどね。それはちょっと微々たるものですよ。我々の年代は一番人口が多い。日本でいうと昭和20年から30年の団塊の世代、この世代が今ほとんどリタリアしている。だから、そっちにお金がいっぱいかかるから、今支給する年を上げようってね。今度70歳という話もある。そうしないと国の予算はハタンしちゃう。

Q:いつまでこの仕事を続けたいですか?

わからないです。やっぱり今76歳、誕生日くると77歳。日本では喜寿という言葉があるけど、腰が痛くなったんだ。加齢で体にガタがきてる。やっぱり僕らは現場に行って見たり動いたりして、仕事だから、最低限そういうことはできなくなったら、まあ、やめたほうがいいと思うよね。スタッフに任せて少し休みたいけど、できないことはないから、それはちょっと自分としてはそうまでして続けたいと思わない。先は分からないよね。できれば続けたいよ。10年はね、87歳ね。

Q:会社の後継者の問題は考えたことはありますか?

後継者ね、それは一番悩みのところだね。いてくれればいいんだけど、なかなか出てこない。それは難しいんだよね…。こういう仕事やる人は、あまりいないと思うけど。前も友達からも、早く見つけたほうがいい、会社だけやって、映画を撮るのはね、バトンタッチするような人、それはそうだと自分でも思ってるけど、なかなかうまくいかないね。

福島は、若い人は連れて行けない、30、40ぐらいになったら…これから子供作る人にはそういう人にはいいところじゃないんだと思うから。そういう状況もあって、難しいと思う。

Q:さっきおっしゃったドキュメンタリーの伝言の中に一番記憶に残るのはなんですか?

さっき言ったようにこれは大事な記録だから続けてください、継続してくださいというのが一番多いよね。参加したいという人はいないよね。続けてください、私はお金サポートする、ぜひこの仕事を続けてください。若い人はお金も時間もないから、それは当然だと思う。上映会見ててもね、若い人はあまりこない。やっぱり年配の人、50代60代70代だね、そういうのに関心を持っているの。だから、20代学生30代40代は少ないね。

(インタビュー:2017年5月)

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