14-017
小柳/大阪府立大手前高等学校定時制 (日本 大阪府)
Xiaoliu/Osaka Prefectural Otemae High School (Osaka, Japan)
小柳大阪府立大手前高中定时制(非全日制)课程部 (日本 大阪府)
本人が書いた文/Original text本人原文본인이 쓴 글
家族の絆
温暖的家庭
  強くなって、つらくても泣かないで生きていきたい
original text6月13日、父と母と末の妹が中国へ送還された。空港では枯れるまで泣いた。在留資格がないので日本では会えない。中国へ行けば日本に再入国できない。家族が真っ二つになって暮らすことになった。いまだ受け止めることができない。

   私は中国、黒竜江省延寿の農村で生まれた。何でも屋みたいな店が1軒あるだけの村だ。9年前、母が残留孤児の娘であると日本政府が認めてくれたので、父と母と1歳下の妹と一緒に日本に来た。9歳の時だった。1年位で日本語がわかるようになった。友達もできて、みんな優しく接してくれた。父と母は朝から晩まで働いていた。

   そんなときの3年前、母が残留孤児かどうか疑わしいということで在留資格を取り消された。一家の柱の父が入国管理局に収容された。大黒柱を失って、家計が傾いた。母が体調が悪いのに必死で3人の子どものために(日本に来てから末の妹が生まれた。)働いている姿を見てすごく辛かったので、私は中学をあきらめ工場で働くことにした。

   昨年、働きながら学べる定時制高校ということで紹介で大手前高校定時制に入学した。何かの縁で写真部に入った。顧問の野村先生は自由に写真を撮らせてくれ、カメラも貸してくれた。大阪写真月間で初めて入賞した時も、先生の紹介で朝日新聞に自分の顔写真が掲載されたときも、すごく嬉しかったです。学校に行くのが楽しみになった。

   2年8ヶ月の収容を終えて、父が入管から家に帰ってきたときは、我慢していたけれど嬉しかったです。今まで家族写真ばかり撮影してきたけれど、この時は父の写真ばかりになっていた。父が戻ってきた久々の家族生活は心から幸せだと思える時間を過ごすことができた。

   それも長く続かずたった1ヶ月だけしか家族一緒に過ごせないなんて、わたしにとってすごく辛かったけれど、貴重な時間なので自分の気持ちを殺して親に心配させないように毎日笑っていた。私はこの時、強くなっていつも笑顔でいることに決めた。

   私は日本で、写真関係の仕事をしていきたいと思っています。そのためにも絶対に大学に行きたいです。在留資格を得るためにも大学入学が必要なようです。

   私のまわりの写真部員の状況はとても厳しい状況です。ひとりで支える野村先生。でもみんなの目が輝いています。空港では泣いてばかりいたけれど、これからは写真で社会で役に立って、日本と中国の架け橋になりたいです。つらくても笑って生きていきたい。強くなって、この日本でいつか、父と母と妹をまた日本によび、一緒に暮らしたいです。
 我要坚强,不管多么痛苦也决不流泪,坚强地活下去。
    6月13日,我爸爸、妈妈和最小的妹妹被遣送回国了。在机场我哭干了眼泪。没有在留资格今后我们不能在日本相见,回到了中国就不能再自由进入日本国。我们全家人将被一分为二地两地生活。我无法接受这一事实。

    我出生在中国黑龙江省延寿地区的农村。村里只有一个称不上什么店的铺子。9年前,日本政府承认妈妈是残留孤儿的女儿,我和爸爸、妈妈还有比我小1岁的妹妹一起来到了日本。那时我9岁。一年左右我开始懂日语了。也有了朋友,大家对我都很亲切。我的父母从早到晚地勤劳工作。

    可是,在三年前,妈妈突然被怀疑不是真的残留孤儿而被取消了在留资格。全家人的支柱爸爸被入国管理局收容了。失去了顶梁柱,家里的生计也垮了。妈妈身体不好,可是为了三个孩子(来日本后生了最小的妹妹)拼命地劳动着。看到妈妈这么辛苦我很难过,所以,我决定退学去工厂干活。

    去年,我听说有可以一边工作一边上学的非全日制高中,通过介绍我进了大手前高中的定时制课程部(只在晚上上课)。也许有缘,入学后我有幸进入了摄影俱乐部。顾问野村老师让我们自由照相,并且把相机借给了我。在大阪写真月活动中我第一次入选得奖。也是老师的介绍,我的照片被登载到《朝日新闻》报上。那时,别提我有多高兴了。上学也变得开心起来。

    爸爸被收容两年零八个月后,被释放回到家里,我高兴极了,可是我抑制住内心的喜悦。以前我照的都是全家人的照片,这次,我专给爸爸照相。爸爸回来的日子,我从心里感受到好久没有感受到的幸福。

    可是,我知道这样幸福的日子并不能持续多久,一个月之后我们全家人就不能在一起生活了。对我来说这是多么残酷!我知道我们在一起的时间非常宝贵,为了不让父母担心,我控制住自己难过的心情,每天面带笑容。从这时起,我下定决心,从此一定要坚强,无论什么时候都面带笑容地生活。

    我想将来在日本从事摄影方面的工作。所以一定要上大学。而且,为了得到在留资格好像也必须得考上大学。

    我身边摄影部的部员们情况都很艰难。野村老师一个人支持着我们。但是,大家的眼睛里充满了希望之光。虽然我在机场无法停止流泪。但是,我决心今后要用照片为社会作贡献,为日本和中国架起友谊之桥。再痛苦也要坚强地笑着生活下去。总有一天我要把我的父母和妹妹再接到日本,一起生活。

コメント|Comment |评语|코멘트 2006/10/17
Title : 夢に向かって進んでいこう!/ 我们一起向梦想进发吧!
Name : Jay Age : 16 Country : U.S.A.
  • (原文)
    看了你故事之后我很感动。你的照片全是黑白的,你是特意弄成这样的吗?请不要悲观,人生之路还长着呢。Osaka是我最喜欢的日本城市,记得5、6年前我去过,真的好想再去一次,有缘的话我们可能相见呢,我超级喜欢摄影,我们一起向梦想进发吧!
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